ドライブスルー おかわり

 一年遅れての成人祝いとして、大好きなマイグランマに買ってもらった私のための車。来たるべき彼女の誕生日の日に向けて、練習も兼ねて友人とドライブに出た。運転が落ち着いて、祖母が快適に車での小旅行を楽しめるように、彼女には申し訳ないが、同乗処女を中学時代からの親友に捧げ、少しでも技術を磨こうと車を走らせた。初心者マークをしっかり付けて、運転の上手い友人からアドバイスを貰いながら、彼女が決めた運転コースを安全第一に進んでいく。幸い危険な道や先輩ドライバーからの煽りもなく、順調に歩を…いや走を進め、見慣れた土地を離れて新天地に突入した時には、教習所で散々しごかれていた時のあの研ぎ澄まされた感覚を取り戻していた。早朝の人が少ない時間に出発したため、昼頃になって腹の虫が騒ぎ出した。途中でお腹を痛めて調子が悪くなったら嫌だという心配から朝食は抜いていたので、グルルルと催促の声が上がっても仕方なかった。友達は地図を手にしながら、周囲の様子を確認し、飯の在処を探る。しかし街中を走っているとはいえ、あるのは工場と民家ばかりで、ラーメン屋やファミレスの一軒も見当たらなかった。練習のためとはいえ、せっかくぶらっと出てきたのだから、食事は豪勢にパーッとやりたいところだ。

しかし空腹には勝てない。それは彼女も同じだったようで、落胆しながらも妥協案を提示した。

「地図によると、少し行ったところにハンバーガーショップあるけど、そこでいい?」

「腹が減ってはなんとやら。致し方ないでござる。」

友人のナビ通り、しばらく直進すると、右手に見慣れたファストフードの店が見えてきた。ウィンカーを出して右折し、店の敷地に進入。よく見ると「ドライブスルー!」の文字があったため、そちらの順路に車を潜り込ませた。ドライブスルーのレーンは混雑しているようで車の列が長く続いていた。駐車場を見ると、そちらも満杯近くまで停められていて、店が混んでいるのが一目で分かった。

「人がいっぱいみたいだね。どうする?このまま並び続ける?それとも降りて中に入る?もしくはやっぱり別の店を探すか…。」

「最後の選択肢はなし!ここで決める!絶対!腹!ペコぽよ!」

「右に同じくぽよ~!」

ぽよぽよ星人たちは飢えた獣のように鋭い目を窓口の方に向けて、肉を喰らうそのときを待ち続けた。30分も経つ頃には、微前進のルーチンから解放され、ようやく目的地が目の前…というか右サイドに現れた。

「お帰りなさいませ!お疲れ様です!」

可愛らしい制服姿の女性店員が甲高い声を大きく発して忍耐の疲弊を労ってくれる。それにしても「お帰りなさい」はないだろうと内心突っ込んだ。昔テレビの特番でやっていたメイド喫茶とか執事喫茶じゃあるまいし。ともかく、これで念願の昼食にありつけるわけで、私と共にお預け状態だった友人にもメニューが見えるように体をずらす。

「助手席からじゃ見づらいだろうから、先に決めちゃっていいよ。」

「ありがと!それじゃあえっと…あれ?」

友人は私の体の前に身を乗り上げながら窓の向こうのメニューを覗いていたが、彼女は何故か困った様子で首をワイパーのように左右にぶんぶん振っていた。彼女の様子を不思議に思い、私も窓の外に視線を移すと、私までも首振りワイパーと化した。本来なら窓口周辺の壁にメニュー一覧が貼ってあってもおかしくないのだが、何処をどう見てもメニューらしきものは見当たらなかった。これは予め別の場所に張り出されたもので注文を決めてから来いというものだったのだろうか。私の考えを裏付けるように店員は私たちの様子に首を傾げて不思議そうにしていた。このままでは埒が明かないので、とりあえず店員さんにメニューを貸して貰おうと声を出そうとしていると、向こうから予想外の言葉が飛んできた。

「あの、お客様?カードの確認をさせてもらってもよろしいでしょうか?」

カード?ここではドライブスルーが会員制だったりするのだろうか。それとも何らかのカードでポイントが入る?この店の系列企業のポイントカード?あっ、マイナンバーとか使える?友人の顔を見るが、彼女の方も心当たりがなく、不測の事態に頭の中がパニック状態になったため、とりあえず系列企業のカードとマイナンバーカードの二枚を提示した。しかし店員が求めているものとは違ったようで、カードを受け取った店員は苦笑いしながら二枚とも返してきた。そして、彼女の口から自力で導き出せなかった答えが紡ぎ出された。

「お客様、車の貸付けカードです!受付の際に係の者から説明があったかと思います。その際にカードをお受け取りにならなかったでしょうか?」

車の貸付け?彼女が何を言っているのかわからなかった。友人と顔を見合わせ、また首を捻る。車の貸付ということは、ここはレンタルカーの返却口なのだろうか。しかし順路入り口には確かにドライブスルーの文字があった。いくら考えても理解に至らないので、もう直接疑問を投げかけることにした。

「あの、ここってレンタルカーの返却口なんですか?」

「え?はい、その通りですが…。」

「でも、入り口にはドライブスルーって…。」

「…お客様、失礼ながら当店にいらしたのはこれが初めてでしょうか?」

「はい。たまたまドライブに来て、お昼を買おうと思いまして…。」

「そうでしたか。とりあえず御説明いたしますので、申し訳ございませんが、一旦順路を進んでいただいて、駐車場の方に回っていただけますか?」

「あっ、はい…。」

ここで問答を続けるのは後続車の迷惑になると判断してのことだろう。私たちもそれは望んでいないため、車を動かして順路を出て、店の入り口側にある駐車場に車を停めた。そこで違和感に気付く。

「あれ?こっちは空いているんだね。」

「ほんとだ。…ていうか店内も人、そんなにいないっぽいけど。」

ガラスの向こうの店内には、座席でハンバーガーを頬張る人も疎らにいたが、最初に目撃した車の群れとは不釣合いの人口密度だった。ひとまず車から降りて、店内に向かおうとすると、先程の店員が一枚のチラシを持って外に出てきた。

「お待たせいたしました!こちらをどうぞ!」

店員からチラシを受け取り、二人で目を通すと、思わず呆気に取られた。「車を借りて、ドライブに出よう!ドライブ、しませんか?」と書かれた文章の下に特徴的な字体で他よりも大きく「ドライブスルー!」とあった。その下には普通サイズの文字で説明がびっしり綴られている。店員の顔を見ると、彼女は苦笑いしながらこのチラシの意味を説明し始めた。

「当店では、『ドライブスルー!(ドライブするー!)』コーナーを設けておりまして、これは駅から来られた方が町の観光名所を回られたり、工場の寮にお住まいの労働者の方の買い物などの足になっていたりと、お客様の移動手段をレンタルカーという形で提供しております。」

「あの、それじゃあ、入ってすぐにあった駐車場いっぱいの車って…。」

「はい!お客様にご利用していただくレンタルカーです。色や車種、お好みのものを選んでいただけるように様々なものをご用意させていただいております!」

言われてみて合点がいった。それならば、失礼ではあるが、このごく普通のハンバーガーショップにあれだけの車が停まっていたことに納得がいく。…納得が行くが。

「さっきの場所が車の返却口になってましたよね?」

「ええ、あそこで貸し出し時にお渡ししたカードを返却していただいて、お会計の後、スタッフの誘導に従っていただき、指定場所で車を降りていただくことになります。」

「レンタルの中身はなんとなく分かったんですけど…このお店には、ドライブスルー…車に乗りながら買い物ができるコーナーというのはないんですか?」

店員は私の意見にもっともなことだと同意した様子で頷きながら真実を語ってくれた。

「これは先輩から聞いた話なんですが、数年前までは本来通りのドライブスルーとして運用していたらしいのですが、ご覧の通り、店内への客足が悪く、ドライブスルーをご利用になられる方もほとんどいなかったようで。お店の撤退の話まで出ていたようですが、そんな時にオーナーの元に耳寄りな情報が入ったとか。」

「耳寄りな情報?」

「当店にお越しいただくまでにご覧になられたと思いますが、この辺りは工場や民家ばかりでお店がありません。買出しに行くには車で30分も走らないといけないのです。また、この町にはあちこち観光名所があるのは御存知でしょうか?」

「地図にそれっぽいのがあるのを見ましたね。」

「その観光名所へのアクセスで最寄の駅というのが、ここから徒歩10分程の場所にございます。しかし各地に赴くにしては、最寄と言えどやはり車の力が必要になる距離でして。」

「それでドライブスルーをレンタルカー商売に転換させたわけですか。」

「そうらしいですよ!」

初めは単なるギャグのつもりで正直寒いとしか思っていなかったが、店員からの説明を聞いて、どこか理に適っているようで感心してしまった。店員は、話が終わると、手を伸ばして笑顔で店の入り口を勧めた。

「お客様方の知るドライブスルーはございませんが、当店自慢の美味しいハンバーガーはございます!宜しければ、是非、御賞味下さいませ!」

屈託のない彼女の笑顔と、限界を迎えた腹の虫に背を押され、というか断る理由もないので、友人と共に彼女の案内を受けて店内に足を踏み入れた。

 食べ慣れたはずのハンバーガーではあったが、不思議と絶品に感じ、友人と二人で笑顔を零した。


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超短編集:喜哀楽 夕涼みに麦茶 @gomakonbu32hon

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