ドライブスルー
久々の休日、マイカーで未踏の地を散策しようと早朝から飛び出した。カーナビなど上等な代物を持ち合わせていないため、使い古しの地図を頼りに、当て所なく走り続けた。休憩しないまま気ままに走り続けているうちに丁度小腹も空いてきて、見知らぬ町の軒並みを眺めながら自分用のガソリンスタンドをキョロキョロと探していると、おあつらえ向きの店が目に留まった。ハンバーガーを売りにするファストフードの店だ。私のような車旅の輩にも優しいドライブスルーも設けられている。気持ちはすっかりハンバーガー一色に染まり、車をドライブスルー側の順路に潜り込ませた。店内の窓越しでは、ニコニコと笑顔を絶やさない女性店員が手を組んで立ち、客の到来を待っていた。その窓の前で車を止め、車窓を開き、張り出されたメニューを確認する。一際目立つように描かれた新商品の広告に惹かれ、怖いもの見たさもあってそれを注文することにした。
「すみません!ゴーヤーwithチーズブリッジバーガーのセットを一つ下さい!」
設置されたマイクに顔を近付けて注文する。後は向こうからの確認の読み上げがあって、お金を払ってから品物が渡されるというのが、この店でのやり取りだ。普通であれば。
「あれ?」
しばらく店員からの返事を待っていたが、一向に声が聞こえてこない。怪訝に思って店員の方を見てみるが、店員はニコニコと相変わらず営業スマイルに徹するばかり。聞こえる大きさの声量で注文したはずだが聞こえなかったのだろうか。もう一度マイクに向かって先程よりもゆっくりと、よりはっきり注文を読み上げた。言い終えてすぐに店員の様子を確認する。店員はやはり可愛らしく微笑んでいるだけで動こうともしていなかった。もしかしてマイクだと思っていたこの小さな孔が無数空いた部分は別の用途に使われているものだったのか、はたまたドライブスルーの順路を間違えたのか。幸い後続車がなかったため、一度車を降りて入り口の方に目を向ける。確かに「ドライブスルー」の文字と矢印は間違いなく表記されていた。やはり声が届いていないだけかもしれない。店の窓に近付き、直接注文しようと歩こうとした時だった。
「いらっしゃいませ!!ご注文はお決まりですか?」
明るく元気な女性の声が設置されたスピーカーから飛び出してきた。店員を見ると、それまで一方だけを見続けていた彼女は、先程まで見失っていた私の姿をはっきりと捉えていた。店員は右手の平を上に向けて倒し、マイクの位置を指し示した。二度に渡って私が声をかけたあの場所だ。
「ご注文がお決まりになりましたら、お手数ですが、そちらに設置されたマイクでお願いします!」
先程から注文していたはずだが…。納得できずにモヤモヤしながらも、車に再び乗り込んで、マイクに向かって同じ注文をした。
「ゴーヤーwithチーズブリッジバーガーセット一つ。」
やれやれと手元のペットボトルを手に取り、お茶で喉を潤す。ようやく話が進んだと思い、ホッと一安心していると、すぐに違和感に気付く。人の良さそうな高い声が返ってこない。店員を見ると、また愛想を振り撒くだけの人形に逆戻りしているではないか。さすがに頭に来たため、車を降りて直接窓に近付き、数回ノックした。女性店員は笑顔を崩さないまま、首を傾げてレジ内のマイクに顔を近付けた。
「何かお困りですか?」
「『お困りですか?』じゃないよ!さっきから注文してるのに、確認の読み上げもお会計もしてくれないじゃないか!」
店員は悪びれる様子もなく、窓の上部に張られた「ドライブスルー」の文字をしきりに指差し始めた。何を言いたいのかまるで分からない。
「お客様、失礼ですがドライブスルーのご利用は初めてですか?」
「いや、もう何度も利用しているけど。」
「…もしかして当店、もといこの町でのご利用は初めてでは?」
たまたま通りがかった名も知らない小さな町。その通りだと頷くと、店員は一人納得したように何度も首を縦に振った。
「お客様、この町でドライブスルーというとその名の通り『ドライブ客はスルー=無視される』という意味合いでございます。自転車やバイク、車などのドライバーのお客様のご注文は受け付けておりません。」
耳を疑った。下らない親父ギャグみたいなシステムを実際に適用している店など前代未聞だ。そんなしょうもない理由で利用客が無視されるなど、あってはならない接客問題ではなかろうか。
「なら聞くが、そのドライブスルーを設ける必要性ってあるのかな?」
怒りを抑えながらもそれをぶつけるように店員に質問する。口が悪くて申し訳ないが、店員なんぞ所詮は下っ端の末端。こんな経営方針に関わる問いに答えられるはずもない。聞いても無駄であることは分かっていたが、どうにも腑に落ちないこの感情の捌け口が欲しかった。店員が申し訳なさそうに頭を下げる、その絵を思い描いていたはずだったが、彼女は私の問いに対する答えを持ち合わせていた。
「それは、店内が込み入っていたり、ジョギングの途中などにわざわざ入店されなくても御利用いただけるようにという点で必要性はございます!」
「だったらドライバーでもいいんじゃ…」
「それは、ドライブスルーなので!当店の駐車場、無駄に広いんですよ!」
店員は駐車場のある反対側を示した。こちらからは確認できないため何とも言えないが、どうやら本当に広いようだ。ドライバーたちは是が非でも車を降りろとそういうことか。
「お客様、申し訳ございませんが、ご注文がお決まりでしたら、お早めにお願いします!」
「へ?あっ…。」
店員が申し訳なさそうに車の後方に目を向けていたため、それを追ってみると、いつの間にか歩行者の人の群れが、車の後ろからずらっと列を作って並んでいた。あの短時間のうちに一体何処から湧いてきたのやら…。
「えっと、それじゃあ、ゴーヤーwithチーズブリッジバーガーセットを一つ。ドリンクはコーラ、ポテトはSサイズで。」
「かしこまりました!」
その後、会計を済ませると、ものの数分で商品がきた。車に乗っているとまたスルーされかねないので、降りたまま品物を受け取り、車に乗り込んでその場を去った。店の出口に向かう途中で店員の言っていた無駄に広い駐車場が視界に入った。
「おいおい、無駄ってレベルじゃないぞ…。」
そこには、店100軒分以上は軽く収まるであろう広大な駐車スペースが用意されていた。遠くの方は確認できないが、その駐車場の半分程は車で既に埋め尽くされていた。
「別の店に行くのに利用している客もいるだろこれ。もし全部本来の客のものだったら相当な人気店ってことになるよな。」
出口に向かうのをやめ、広大な駐車場の一角に車を止めて戦利品を取り出す。下部パンとハンバーガーを土台に、ゴーヤーが橋上のチーズと最上部のパンを支えている厳つい風貌の一品だ。一見すると食べにくそうだが…実際に食べにくい。
「お手並み拝見。」
食べやすいように構造を崩し、全ての部品が一度に味わえるように大きな一口を仕掛ける。
「んまぁ…。」
駐車場の込み具合に納得せざるを得なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます