異常な健常者たち

 人々が行き交う都会の大通り。様々な店や高層ビルが立ち並び、それがどこまでも続いている。ジャングルとは上手く形容されたものだが、まさしくその通りだと思った。建物だけでなく、道行く人々の数も底知れない。右を向いても左を向いても頭上を浮遊する人だっている。ここが世界の入り口である始点なので当たり前といえばそうなのだが。

 ここ、擬似現実たる仮想世界 セカンドアース はもはや第2の現実世界となった。人間関係、健康不安、不足した刺激欲求の発散…現実に絶望し疲れ果て、はたまたルールに縛られた日常に退屈し、人々はこの自由度の高く各々の望みを満たせる偽りの世界に移住を決意した。この世界に来ている間は、生体維持装置に入り、現実世界では眠り続けることになる。もしその状態で肉体が寿命を迎えても、セカンドアースに個体情報が保存されているため、世界に留まっている状態ならばこちらの世界で永久に生き続けることができる。初めの頃は肉体なき永遠の命に問題を定義する人間や自由度の高さからモラルの喪失を懸念する人間がいたが、やがてそうした声は問題を解決せぬまま時代の流れと共に消失し、人々は自分たちの考える幸福だけを求めて仮想世界へと渡り始めた。そして今ではこちらを現実として、一日の全ての時間をここで過ごす者が全人類のほぼ全てとなった。「ほぼ」なので当然未だに閑散とした向こう側こそ真の現実だと固持するものもいる。彼らは捨てられた故郷に戻って一体何をしているのか、まるで想像もつかない。あちらではすっかり人がいなくなってしまっただろうから、ショッピングも外食も、友人や家族との交流さえもできないだろうに。ただ死への恐怖に怯えるだけの場所に戻りたいなど、常人から見れば狂っているとしか思えない。少なくともセカンドアースでの一般認識としては大多数がこの見解に賛同することだろう。我々から見れば彼らは病気なのだ。だからこそ、世界の管理・統括をするSE中央政府は、己の美徳を追い求めながら死に誘われている困った患者たちを救うために本格的に動き出した。腐り廃れた現実に頻繁に戻る人間、戻ることをやめられない人間を「現実依存症」と認定、それを病気の一種として数えることが決定された。彼らから反発の声は上がっているが、「複数の症例を十分に観察・確認し、生命の危機に関わる実害が証明された」との声明を出した。こうして、生身へと帰りたがる命知らずなもの達は、政府や周囲の人間たちにより監視、説得され続けている。

 すれ違う人の声に彼らの怒りが混ざることがあるが、俺たち健常者の方こそ連中に一言申したい。

 大切な命を粗末にするな。生身でなくても、自分が自分でいられれば、それはお前たちの望む本物だ、と。

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