三日坊主

一上悠介

三日坊主

昔から、何をするにしても三日坊主だった。

小学生のとき流行っていたバトル鉛筆。五角形のそれを転がし合い、面に書かれていた数字が大きかったほうが勝ち、というものだ。母にねだって買って貰ったものの、三日経てば机の引き出しの中にしまいそれっきり遊ぶことはなかった。

中学生になるとすぐサッカー部に入り、三日で辞めた。そのあと野球部に入り、それもすぐに辞めた。自分の飽きっぽい性格に気づき始めたのはその頃やっとである。

そして高校に入ってからも、映画に登山、ダンスに将棋と、様々なジャンルのものに挑戦した。けれど決まって三日で辞めてしまう。

『あんたって本当、三日坊主のお手本みたいよね』

馬鹿にしたように笑うユミ。彼女と僕は仲が良く、小学生の頃からずっと一緒だった。ちなみに恋仲ではない。

ユミは、一週間に一度は僕の家に遊びに来た。高校生にもなったんだし、彼氏じゃない男の部屋のベッドの上でごろごろするのはやめろよ──とは言わない。彼女は口が悪いので、クラスメイトと上手くいっていない。つまり、僕しか話し相手がいないのである。

『煩いな。今度こそ絶対に続けてみせるよ』

『それはどうかしら』

そう言うとユミはベッドから降り、壁に立てかけた新品のギターをつついてみせた。

『これ買ったのは昨日よね?じゃあ飽きるのは明日かしら』

意地悪そうに笑うと弦を弄り始めたので、

『おい!壊すなよ、せっかくバイトの金貯めて......!』

慌ててギターを取り上げると、ユミは腹を抱えて笑った。まったく情けないけれど、僕は昔から彼女の無邪気な笑顔に弱い。

結局彼女の予言通りギターは三日で飽き、再び取り上げられたのは買取に出すときであった。


だけど、だけどやっと。

続けられることを見つけたのだ、本当に皮肉なことに。

「こんばんは」

胸に抱きしめた紙袋を地面に下ろす。空は、オレンジと青に染まっていた。


病室のベッドの中の彼女に会いに行くようになったのは、いつからだっただろうか。

ときどき訪れると、いつも決まって傲慢なあの笑顔で迎えてくれる。そのあと憎まれ口を叩くのはお約束だ。

『三日坊主さん、相変わらずの間抜け顔ね』

言われる度に腹が立ったけれど、いつも通りの彼女に少しだけほっとした。

「男女の友情って難しい」と、誰かが言っていたのを耳にしたことがある。本当にその通りだ。仲の良い僕らの間に引かれた見えない線が、喉元まで出かかった言葉たちを吟味させ、無難な言葉を選ばせる。言いたいことが言えない、聞きたいことが聞けない。心配で堪らないはずなのに唇から溢れるのは、くだらない世間話ばかりだ。

そしてそれは、久しぶりに病室を訪れた日のことだった。

『ね、それなあに?』

昔よりいっそう白く細くなった彼女の指が、僕の握り締めたビニール袋を指す。

一応持ってきただけで、本当は帰りに捨てようと思っていたのだけれど。興味津々なユミの顔を見、仕方なくベッドの上で袋をひっくり返した。真っ白なベッドの上が、よれよれになった色とりどりの物体たちで一杯になる。

『期待しないでよ、ただの折り紙だからさ』

ユミは数秒間ぽかんとしたあと、突然ぷっと吹き出した。

『これっ、花なの?どう折ったらこんなぐちゃぐちゃに......あははっ』

相変わらず腹が立つ奴だ。でもやっぱりその笑顔はとびきり可愛くて、あまり悪い気はしない。

本当は本物の花束とか、折り鶴とか、色々お見舞いの品は考えてみたのだが。花束は気恥ずかしいし、折り鶴だと彼女は病気かもしれない、なんて考えを肯定するみたいで嫌だった。「ただの仮病」という彼女の言い分を信じていたかった。

萎れてるみたい、とチューリップ(のつもりの皺くちゃな塊)を取り上げ、ユミがこちらを向く。

『もしかして、プレゼントしようとしてくれたの?』

『うん』

正解だった。

『だけど三日坊主さんは、上手く折れずに三日で諦めちゃったと』

『......うん』

図星だった。

どうせまた馬鹿にしてくるんだろう。そう思っていたのに、ユミの目は驚くほどに優しい色をしている。夕焼けを背にして眩しい彼女は儚く、そのまま消えてしまいそうな錯覚を覚えた。

『大丈夫よ。いつかきっと、続けられるものが何か見つかるから』

きっとユミは気づいていたのだ。

僕がずっと、三日坊主の自分が大嫌いだったこと──それから、あともう一つ。

彼女は僕の腕を掴んで引き寄せると、耳元に唇を寄せて囁いた。

くらくらするような甘ったるい匂いとそれに対照的な言葉は、きっと永遠に忘れないことだろう。


線香の煙が風に揺られる。彼女の名字が彫られた墓の前で手を合わせた。

ユミに会いに行った次の日の朝、彼女は息を引き取ったらしい。涙を流す彼女の両親に、ユミは実は難病で余命宣告をされていたこと、僕には病気を隠していたことを知らされた。

悲しさよりも、一番最初に浮かんだのは「すごい」という驚きだった。囁かれたあの言葉は、まるで自分が明日死ぬことを知っていたかのようだったから。

『ねえ、三日坊主さん』

の彼女が蘇る。甘い匂いが鼻をくすぐり、息遣いを耳元に感じる。

「なんだよ」

『もしも私が死んだら、お墓参りに来てくれる?』

「......当たり前だろ」

『良かった』

顔を上げると空は藍色に染まり、ちらちらとささやかに光る星もいくつか見えた。

紙袋から取り出したを、花の代わりに手向ける。


『──お墓参りは、三日坊主でいいからね』


そんなこと出来るか、馬鹿。

冷たい墓石の上に置かれた、うつくしく折られた花の折り紙たちが、じんわりと、僕の視界を滲ませるのだった。

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三日坊主 一上悠介 @senoa_0

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