第12話 『堕女神』

 僕達は今、ある洞窟の前に立っている。

 洞窟の入り愚痴には『竜の巣窟』と書かれた看板があり、その傍では一人の衛兵が不平不満をこぼしながら立っていた。


 そして、僕は魔王の住処を前に恐れや不安を感じるよりもがっかりしてしまう。


「ここがダンジョン? 魔王って言うからもっと城みたいな場所を想像してた」

 ――まあ、魔王というのもあくまで俗称ですので。


「そうなの?」

 ――はい。この世界における魔王とは、堕女神のことを指します。


女神?」

 ――はい。あっ……いいえ、女神です。堕ちた女神という意味です。


「つまり悪い奴?」

 ――説明を求められますか?


「簡潔にね」

 ――了解です。魔王――堕女神とは、精神的な寿命を迎えた女神達を指す言葉です。


「精神的な寿命?」

 ――はい。女神には肉体的寿命の代わりに精神的寿命が存在します。それは時間の経過と共にすり減り、それが限界に達した時、女神は堕転し堕女神となるのです。


「堕転したら、女神は悪者になっちゃうのか」

 ――はい。ですが利点もあります。女神達は堕転によって自らを悪に染めることで、精神の回復を図るのです。


「ん? 堕転して悪くなったのに回復するのか?」


 セリは、僕の問いに束の間の沈黙を置いた後、答えた。


 ――そう、ですね。要するに堕転とは、女神達が溜まったフラストレーションを悪事で発散し、心身共にリラックスする期間なのです。


「なるほど?」

 つまり、女神もストレスは溜まるので、たまに羽目を外さなければならないと?


 ――要約が過ぎますが……そういうことです。堕転は、女神が己を善き存在として存続させるために必要な期間、儀式とお考え下さい。


「了解。で、このダンジョンの中にその堕女神がいる訳か」

 ――はい。ダンジョンは元々女神達が所有する神殿なのですが、彼女達は堕転の前に神殿をダンジョンへと変え、堕女神となった自身を外へ出さぬよう封印を施すのです。


「で、堕転した悪い女神様を退治するのが僕達勇者のお仕事な訳?」

 ――肯定です。堕女神達は自力では元の姿には戻れないので、資格あるものによって一度打倒される必要があります。


「うーん」

 ――マスター?


今皿今更かもれないけどさ、これって僕に得がないよね?」


 呆ける鴨を載せた皿を片手に言う僕に、セリは呆れた声で話した。


 ――ご安心を。堕女神を倒して元に戻せば褒賞がありますよ。


「そうなの?」

 ――はい。堕女神は元に戻った際、勇者の願いを何でも一つ叶えるのが通例ですので。


も一つ?」

 ――「何度も」ではなく「何でも」です。


「どっちにせよすごいよ!」


 僕は声色が明るくなる。


「何でもって、本当に何でも叶うの?」

 ――それが女神に可能なら何でもです。例えばライゾウさんのように、人の身でありながら神格を得ることは可能です。


 セリが例としてライゾウさんを挙げた時、僕はふと疑問が浮かんだ。


「ライゾウさんは、なんで神様になったのかな?」


 すると、セリは考えるような間を置いてから僕に声を届ける。


 ――これは推測ですが、女神であるエシュルダ様と添い遂げるためではないでしょうか。


「好きな人と一緒になるために、神様になったってこと?」

 ――はい……いえ、私がそう思いたいだけなのかもしれませんが。


 この時、セリの声はどことなく気弱で、まるで夢見る乙女のようでもあった。

 そんな彼女の言葉と考えを、僕はいつの間にか受け止めてあげたいと思ってしまう。


「いや、僕もそう思うよ」

 ――マスター……はいっ。そうであれば嬉しいですね。


 そして、和やかな雰囲気のまま、僕達はダンジョンに足を踏み入れた。

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