第9話
母方の祖父は随分と変わった人で、毎朝起きて私が挨拶しても答えて
くれませんでした。目も合わさず、まるで見えて無いかのようでした。
彼は、起きるとまずは神棚に参り、その後で仏壇に参ってから、初め
て気付いたというように、やあお早うと言ってくれました。仏壇には
知人が作ってくれたという、人間の様なリアルな目をしたお地蔵さん
も祀ってありました。亡くなる年の正月元旦に、新年の挨拶をしてい
ると、祖父が突然「新年早々、まことに済みませんが、今年はどうも
葬式を出して頂く事になりそうです。この体の弱り様からまあ、一週
間、長くても十日前後で片が付くと思いますので、お手間ですが宜し
くお願いします」と宣言しました。確かに、正月は冥途の旅の何とや
らとは言うものの、余りに場違いな言葉に、家族一同言葉を失いました。
その言葉通り、その年の三月初旬に倒れ、ほぼ十日程で亡くなりました。
ちょうど、ひな人形を飾っていた頃なので、慌てて片付けていたら上から
左大臣だけが転がり落ちて来て、白鬚の老人の人形なので、ああやはりな
と悟りました。
病院のベッドで自分が一種のまじないの札を用いて延命を図ったのですが
当の本人がもう半分死を受け入れていた為、通用しませんでした。
母には感謝をされたものの、念を込め過ぎたのが祟ったのか、自分も急病に
倒れ、緊急入院する事態になりました。入院が祖父の三十五日、退院できた
のが四十九日でした。
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