5ー17

 嘘偽りの存在だったかもしれない。

 それでも久しく記憶の奥底へと眠っていた弟の存在を目醒めさせたのは事実だった。

 ルニアは多少の名残惜しさを胸に感じていた。

 だが、今は一刻よりも早くエリザベスの暴挙を止めなくてはならない。


 しかしルニアが見た光景は、驚愕のものだった。

 エリザベスの傍に立つのは、暗き甲冑に身を包んだジルの姿。左脇に抱えるのは自身の首。ジルの表情はとても苦悶に満ちており、呻き声が漏れ出している。

 時、既に遅かったということか。

 モルガナも苦渋の表情をしている。

「十分に、時間を稼がせていただきましたので、事なく目的は成就できました」

 エリザベスは珍しく勝ち誇ったようにモルガナを一瞥した。

 モルガナは約束を守れなかったことに悔しさがこみ上げているのだろう。苦虫をかみつぶしたような顔だ。

「ジルの魂は、天国にもましてや煉獄にも行けやしない。永遠に牢獄の中だ」

 ルニアはモルガナの言葉を受け、再びジルを見る。

 ジルは暗く冷たい黒の甲冑に身を包んでいる。断頭台によって切り落とされた自身の首を脇に抱えている。

「あれは、デュラハンだよ。死せる者の魂を冥府へと連れて行く騎士だ」

「これもツェペシュ様が真の王となるための布石。王となった暁には、ブラド様をお迎えにあがります。勿論、このデュラハンが」

 そう言い残して、深々とお辞儀をしたエリザベスは虚空に消えた。

 デュラハンとなったジルも漆黒の馬に跨りかき消えてしまった。

 残ったのは、モルガナとルニア。

 そして状況が飲み込めない観衆たち。

 忽然と姿が消えてしまったジル・ド・レに慌てふためく観衆たち。

 観衆のどよめきを背景にルニアは思う。

 ーー完全な敗北だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る