5ー12

 遠くの方まで濃霧に包まれている。

 処刑台の断頭台ギロチンが設置されている広場の中央で、何やらものすごい騒音がしたかと思えば、数分もしないうちに、周囲の人々や、犬や猫の動物。空を飛ぶ鳥や、隣にいるご主人様でさえ、時が止まったかのように微動だにしない。

 これは恐らく、ご主人様の師匠ーーモルガナによることだろう。

 ルニアは様子を探るべく、広場への中心へと歩を進めた。



 ✴︎


 頼りなげに、ゆっくりとした足取りのルニア。

 どこまでも先が見えない迷路のような濃霧に包まれていると、断片的に残る幼い思い出が甦る。

 父親が戦争で死んだと報せを受けた母親は、そのまま身体を患い亡くなった。

 ルニアは親族を頼るも厄介払いを受けて、気付けば人買いに売られ、あの親方の元へとたどり着いた。

 だが待て、そうだ。

 ずっと封印してきた記憶の中に本当は、忘れてはいけない思い出があった。


「姉さま」


 ルニアはビクッと体を震わせて、背中越しに声を聞いた。

 じんわりと体に染み込むような懐かしさが広がっていく。

 もう呼ばれることも、再会することも叶わないと思っていた……。

 おずおずと振り返れば、あの時の姿のまま。

 ルニアと離ればなれになった弟の姿がそこにはあった。

「……アルマなの?」

 アルマと呼ばれた弟は、姉であるルニアに屈託のない笑顔を向けた。

 

 ルニアは理解している。

 これは夢や幻のたぐいだと。ルニアの中に残る記憶から現出した存在。

 それでも嘘だと頭で理解していても、止め処なく溢れてくるものは止めようがなかった。

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