3-10

 定刻に、馬車を男が泊まる宿に横付けする。

 颯爽と降り立つ御者。

 帽子から銀髪が動きに合わせてきらめく。


 御者が宿の中に足を踏み入れると、椿事ちんじが繰り広げられていた。


 燕尾服を纏った壮年の男が、うやうやしく少女にかしずいている。

 銀髪が流れるようにたゆたう少女は頬を染めて、只々動揺していた。


 御者はひとつ咳払いをして、深々とお辞儀をした。


「ご一行様、お迎えにあがりました。本日は御者を務めさせて頂きます」


 だが、顔を上げた御者をみて、男と少女は微動だにしない。

 男は何を思ったのか、笑いを我慢できないらしく、少女の手を取りそそくさと馬車に乗り込んだ。

 失礼な話だ。人の顔をみてあんなに笑うとは。これは、私の主様に伝えないと。

 御者は独りひとりごちながら、馬車に乗り馬に鞭を入れた。


 馬を走らせて暫くすると、

「時に、お主の主人は息災か?」

 質問の意図が分からなかったが、「お元気でらっしゃいます」と男に告げると。

「そうか。そうか」と繰り返し呟くと再び笑いを噛み殺している。

 失礼千万な輩に、少々運転が荒くなったのは言うまでもない。



 馬車を走らせること、数十分。

 目的地に着いた馬車は教会へと滑り込んでいく。

 男と少女は馬車から降りると、高らかにそびえる教会を仰ぎ見た。

 男は少女の手を取り、門戸をくぐる。

 御者もそのあとに続いた。だが、御者が門戸をくぐろうとしたその時、

 教会の鐘の音が鳴り響く。


 『ゴーン、ゴーン』


 けたたましく鳴り響くのと同時に、男と少女の横をかすめて何かが教会の奥から飛来する。


 御者は教会へと足を一歩入れた時、自分の身体に突き刺さるものをみた。


 「ごふっ」


 口から溢れる血液。崩れ落ちる膝。横になる視界。冷淡な男と戦慄する少女の表情。


 


「遅刻、遅刻だよ。私は時間にルーズなのが一番キライなんだ。1分でも遅刻に変わりはない」


 奥から澄み渡る声の主が姿を現わす。

 だが、御者の目には何も映らない。御者の身体は徐々に冷えていった。


「やあ、元気だったかい?」


 銀髪の少女は驚愕して一歩、後ずさった。

 男とその相手は、見紛うほど瓜二つだった。

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