2-6

 外はまだ暗く、寝静まり返っている。

 夜明けまでまだ時間はある。


 椅子にもたれ掛かり、私は手にした本を読み耽っていた。


 ルニアはといえば、女に咥えさせた『苦悩の梨』の動作を確認しながら、ノートに書き綴っている。

 私はルニアの勤勉さを褒めてやりたくなるのをグッと堪えて、女を見やる。

 薬を飲ませてから数時間が過ぎた。

 薬はまだ効いているのか、女の表情からは生気は感じられない。

 時折、苦しそうにうめき声を漏らすくらいだ。


 夜が明けるまでこのままにしておくつもりだ。

 発見が遅れれば、この女は飢餓によって死ぬことになる。

 ここの宿主には、多めに宿泊代を払っている。「部屋には近付くな」と言い含めている。


 ❇︎


 私は今朝の出来事に思いを巡らせた。

 街の周辺を眺めていた時、口論をする女二人と男が一人。

 勝ち誇ったような女が傍らの女に吼えている。

 傍らの女は目に涙を浮かべている。

 女二人はどちらも艶やかな衣装に身を包んでいる。街娼であろう。

 女が口論する後ろで申し訳なさそうに縮こまっている男。

 勝ち誇った女の耳障りな声が、ここまで聞こえて来た。


「この男が私の方がすごく良いって、アンタこの仕事から洗った方がいいんじゃない?」

「人の上客を横から掠め取ったくせに偉そうに吼えるな。下賎な商売でも流儀がある。アンタはそれを破ったんだ」


 勝ち誇った女は傍らの女を鼻で笑うと、


「それで、飯にあり付けなかったらバカだからね。アンタに男を繋ぎ止めておくだけの魅力がないって証拠じゃないさ」

「ベロンベロンに泥酔させて、襲ったアンタなんかに言われたくないね」


 睨み合い、罵り合い、侮蔑の視線を交わす二人。

 私は、どんな世界にも矜持はあるし、ルールもある。

 それを守らずして生きるならば、社会を構築した世界では生きていけないばかりか、畜生となんら変わりない。


 女は上客の男を連れて、勝ち誇った女を残して去った。

 勝ち誇った女はいつまでもその背中に罵詈雑言を浴びせて悦に浸っていた。


「決めた」


 私の言葉に顔を上げたルニア。


「ご主人様、どうされました?」


 なんでもないと、ルニアに告げると「今宵が楽しみだ」と独り言ひとりごちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る