2-7
ガタガタと車内が揺れる。
隣には寝不足が祟ったのか、寝息を立てて男の肩に
顔にかかる細やかな銀髪を払うと、目を覚ました。
「すまない。寝ていたところを起こしてしまった」
寝ぼけ眼だったルニアは徐々に覚醒し、慌てて
「い、いえ、ご主人様の肩をお借りするだなんて私ったら」
と、いつものように恐縮して頬には紅が差している。
いつものようにルニアとの語らいを楽しんでいると、真向かいに座った老人たちの会話が聞こえてきた。
「お前さん、知ってるか。けったいな事件があったのよ」
老人の言葉に興味を示したのか、眼鏡をかけた老人は話に食いついた。
「ある宿の主人が話していたのを小耳に挟んだんだが、ある子ども連れの男に部屋を貸していたんだが、一週間過ぎたくらいから、男の姿を見かけなくなったんだと。だが宿泊代は、一ヶ月分は払ってもらっていて、『部屋に近付くな』と釘まで刺されてる。そんな太い客なかなかいねえもんだから、気になりつつも放っておいたんだ」
隣に座る男は、生唾を飲み込んだかと思うと、汗でずり落ちる眼鏡を指で押し上げる。
「だけど、二週間が過ぎて、我慢できなくなった宿の主人は、部屋をノックしてから入ろうとした。すると中から
老人たちの会話に
男は、老人たちに会釈してルニアを座らせる。
ルニアもすぐに何事もなかったように腰を落としたが、男が握る手は汗ばんでいる。
話す老人は、少しトーンを落として話の続きを始める。
「それで、その女の口には何か得体の知れない器具が収まっていたんじゃないかって話だ。女の口は顎が外れて際限なく広がっていたらしい。なんのためにそんな事したんだか、ただの変態の嗜好かはわからんが、あの街はその事件で持ち切りだったよ」
老人の話を男は最後まで聞き終わると、握った手が少し強張った。
「大丈夫。お前は、私の言いつけを守った。泣かずに最後まで成し遂げた」
男は車窓を眺めながら、繋いだ手をほどき、ルニアの肩に手を置いて抱き寄せた。
顔を伏せるように
少し、鼻が鳴るのを聞きながら、ルニアの頭を優しく撫でた。
老人は目の前に座るルニアの所作に驚いて、ばつが悪そうに頭を下げた。
「怖がらせちまってすまない。あんたらも気をつけなよ。世の中には得体の知れない奴が……」
言い終わらぬうちに、老人は目ざとく鞄から顔を覗かせているものを見て、もう一度男の顔をみた。
「お前さん、……まさか」
「いや、まさかな。忘れてくれ、なんでもねえんだ」
老人は一瞬、怯えたように目線を反らせた。
その時、男の顔はどんな表情だったのだろう……。
それは目の前の老人を除いて誰も知る由はなかった。
車窓から差し込む陽光に、鞄から顔を覗かせた苦悩の梨が輝きを増していた。
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