1-4 巻く前/巻き終わった後

 ーー巻く前。


「あの、この先のお邸はこの道を真っ直ぐでしょうか?」

 馬車の窓から必死に訴えかける令嬢。宝石のように煌めく青い瞳。雪のように白い肌に、口元には鮮やかな赤い唇が添えられている。


「ええ、この道を歩いていけば、ひとつお邸がありますが、あいにく主人は長期の旅に出られています。私は、お邸の管理を任されていますがどういったご用件で?」

 

 一瞬のうちにその様相は曇る。

 だが何か思いついたのか胸の前で手をひとつ合わせると、高らかに提言した。

「あの、でしたらお部屋を見せていただけませんか? 父が邸の主人に頼んでいた品があるかと思うのです。父からの証印もあります」

 男は預かってきたという証明書を眺める。確かに、邸の主人と父のものであろう捺印なついんもある。

 男は令嬢に頷いてみせ、承諾した。令嬢は嬉々とした表情を浮かべたかと思うと、従者に指示を出した。その後ろをゆっくりとした足取りで事の準備を想像する。


「まさか、自分の娘を寄越すとは、物好きというかなんというか。従者は殺すとして娘は、新作を試すとするか」

 男は思わずこれからの出来事を想像して笑みを漏らすが、悟られないように平静な表情へと戻した。



 ーー巻き終わった後。


 巷ではひとつの事件が賑わいをみせている。邸の前を通り掛かった老人が、決まった時間に大きな軋む音を聴いていて毎度怪しんでいると、飼っている犬が一目散に庭に入っていったらしい。

 慌てた老人は後を追いかけると、土に埋まった馬の死体と従者を見つけた。それで、老人は警察に通報し、邸の中を隈なく捜索すると、鉄のひつぎに閉じ込められて餓死した遺体が発見された。といっても腐敗した様子はなかったらしい。だが居た堪れないほど、苦悶に満ちた表情で子女は息を引き取ったようだ。

 

 新聞には詳しくこの柩のことが書かれていた。

 この鉄の柩は「リッサの鉄柩」と呼ばれる処刑道具で、備え付けられたハンドルを回すと徐々に、蓋が沈んでいき中にいる者を、暗闇と圧迫感、そして飢餓によって死に至らしめるもの。と、記者は締めくくっている。

 


 ✳︎


 ゆっくりと男は手にした新聞をたたみ、テーブルへと置いた。

 目の前には姿勢を正して立つ、パフェに興味津々な少女がいる。十にも満たないかもしれない。

 手前にあったパフェを少女の方へと押しやると、目を丸くして男の顔をまじまじと見つめる。

 男は答える代わりに、スプーンを少女に手渡した。

 少女は弾けるように椅子に座ったかと思えば、パフェにかぶりつく。

 眼鏡越しにつぶさに観察するも、見られるということに無頓着なのか、ほっぺたにクリームをつけ、勢いよく頬張っている。テーブルの下では、脚が振り子のように揺れていた。

 みすぼらしい格好をしているから、孤児には違いないだろう。だが、目深まぶかに被った帽子から艶やかな銀髪が見え隠れしている。案外どこぞの没落貴族かもしれない……。

 男はカフェを飲みながら、これからのことを思い描いた。

 あの邸の主人は地下のワイン樽に隠したが、見つかるのも時間の問題だろう。自業自得ともいえる。年端もいかぬ少女に暴行しては悦に浸るような、下衆な主人だった。そんな主人に、嗜好を愉しませるものを作ってくれと、依頼されやってきたことを、男は思い出す。

 ならば当面の目的は、下衆な主人に陵辱されるかもしれない危険性を孕みながら、娘を送りつけてきた父親の顔を拝むことか。

 決意した男は椅子から立ち上がる。すると、コートの裾を引っ張る小さな手が。


「お、おじさん。わたしを連れて行ってくれない? おじさんには迷惑かけないよ。これでもわたし、いい仕事するんだから」

 帽子を目深に被っていても、意志の強い双眸そうぼうは輝いている。生き抜くためにどんなことにも手を染める覚悟の眼だ。

 まだまだ成長途上の胸を突き出されても、男にはなんの劣情も催さないわけだが、

「お嬢ちゃん、手先は器用かな?」

 少女の背丈に合わせてしゃがみ込む。少しむっとしたような表情を浮かべては、さっきよりも利発そうな声で答えた。

「一応、手練手管はあるよ。なんならおじさんで試してあげようか? わたしの手技にかかって達しないおとっ」

 男は言い終わらないうちに少女の口を手で塞いだ。そしてみえるように人差し指を立てて、自身の唇に持っていく。

「君みたいな少女は、そんなことをしなくていいんだ。そして金輪際、そのことは口にしないでくれ。そうしたら連れて行ってあげる。なに簡単さ。私の助手として手伝ってくれればいいから」

 少女は男の目を見つめ、ゆっくりと首肯した。

 男は重厚な取っ手のついた鞄を手にして歩き始める。勿論、少女の手を引いてだ。

 男は考えた。何十人も試作品を試すために罪のない様々な女性を殺してきた癖に、この少女には手を掛けないのか。

 この少女に置かれた状況に同情したか。ただの気まぐれの懺悔のつもりか。

 男は自身が思い浮かべた言葉を否定した。

「あの娘の父親を、この少女と私の作品を使って殺せば、愉しい時間が過ごせるだけさ。その後は……その時、考えればいい」

 なにかいった? と首を傾げて見上げる少女に男は、

「先ずは、服と靴を買わないとな。その髪に似合う髪飾りも買わないと」

 男は少女の帽子を取り払うと、美しい銀髪が風になびいた。



 ——これは他愛もない、

 リッサの鉄柩を始め、拘束具を生み出した職人と助手のお話。

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