第216話カーペンターズ6

 あんずと一斗を連れて差し当たりのもくもく亭跡地まで着くと、見知らぬ二人が俺を待ち構えていた。ソイツらは車夫をやっている時の一斗の様に、職人みたいな恰好をしていた。もしかして大工仕事の手伝いをしてくれるのだろうか。


「どちらさんかな?」


「あんたが今泉くんかい?俺らは和政のヤツに言われてここの片付けをしに来たんだ」


 ひーとんたちが脱獄させたならず者たちに火を着けられて崩壊したここは、まだ瓦礫の山だった。仕事を始める前に行わなければならない『撤去』を買って出てくれた二人は、羽根田和政の知人らしい。本職は駕籠屋らしいが。

 和政とはまだあまり絡みがなかったが、俺たちの店作りに手を貸してくれるという事は、友好的な人物なんだろう。俺は兄の浩を亡き者にした張本人だというのに。

 とにかく面倒な仕事を引き受けてくれた『ヤマモト』と名乗る二人にここを任せ、俺たちはマチコの店へと戻った。今頃は高桑と澄人が待ってくれているだろう。


 ――――――――――………


「ただいまーッ。マチコ、高桑と澄人は来とる?」


「二人とも奥の部屋にいるよー。あと、かずまさくんも来てるから挨拶したら?」


 '98はカナビスを求めるスパイス中毒者の来客で賑わっていた。完全にヨシヒロに店を乗っ取られちゃってるけど、マチコ本人はあまり気にしていない様だ。一度抱かれたくらいで女房気取りなのか、この女は。それは緑が黙ってねぇと思うんだけど、俺の知ったこっちゃねーな。

 本来は飲み屋である店のカウンターを越え、隠し部屋の扉を開けると、マチコの言う通り高桑たちの顔ぶれがあった。


「おーッ、拓也。やっと帰ってきたかて。そっちがもう一人の一斗くん??」


 俺のいない間に澄人と和政との親睦を深めていた高桑は、俺なんかよりよっぽどコミュ力が高い。お陰で、朝にはあんなに気難しそうな面をしていた澄人も、穏やかな顔つきになっている。和政とも既に打ち解けている様で、何だか俺の方がアウェーな感じになっちゃってるじゃねーか。

 始めての顔合わせという事で、俺はみんなに酒を振る舞った。と言っても、俺と高桑は下戸なのでお茶だけど。しかし澄人も一斗も酒には目がないみたいで、マチコの店で一番上等な大吟醸を景気よく煽っていた。これで気前よく働いてくれるなら、それこそ御の字だ。


「俺までお呼ばれしちゃってごめんね。あ、改めまして羽根田和政です」


「そんな堅苦しくせんでもええよ。俺は今泉拓也だ。よろしくー。瓦礫の撤去手伝ってもらっとるんだで、こんくらいもてなすのは当たり前だがや」


 漸く落ち着いて和政と挨拶を交わせた俺は、もくもく亭の跡地を片付けてくれている事に謝辞を述べた。あの二人組にも賃金を渡したい旨を伝えると、和政はそれを断った。どうやらそれは彼の方で済んでいるらしい。考えてみれば和政は、薬屋やら賭場やらの店舗を所持していた商売人だ。俺よりも富を築いていても不思議じゃない。彼を味方に付けているのは、この都じゃ結構なアベレージかも知れないな。

 そんな和政が一番注目しているのは、何と高桑らしい。高桑は都にある四つの賭場の内、三つを手中に収めていた。その時点でヤツは都の中でも比類なき力を有していると言うのだが、本人は分かっているのだろうか。


「高桑くんは賭場のあり方を変えようとしてるんだ。これまではスパイスをエサに負債者を縛り付ける様なやり方だったけど、もうスパイスはないからね。そんな物に費やしていた貝が浮けば、負債を返すのもいくらか楽になるでしょ。それに高桑くんはこれ以上利子を取らないと決めたみたいだし、ある意味これは革命だよ」


 そう語る和政の言葉を聞きながら、俺はカナビスの紙巻に火を着けた。


「それと君たちが持ち込んだ『ソレ』。俺たち兄弟が撒いてしまった都の闇を一掃するに足り得る『カナビス』…。都の空気は入れ替わりつつある。君たちが開けた風穴のお陰でね」


 最初はただ気に入らないという理由で始まった『スパイス撲滅作戦』は、もうガキの遊びでは済まないほど大勢のミコトを巻き込んでしまっている。しかし、だからどうという事もない。俺は自分がやりたい様に振る舞うだけだ。それで変わってしまう都の形に、意義を求めたり価値を見出すつもりもない。

 俺が吸いかけのカナビスを和政に回してやると、それを受け取った彼は肺の中を煙で満たした。心地のいい酔いに身体が痺れてくると、和政の心境が流れ込んでくる様な気がした。それは、不安と後悔の中に期待と安堵が混じった感じの、メジャーなのかマイナーなのか分からない和音となって、俺の心に響いた。今日のカナビスは効きがいい。


「おいッ、拓也くーんッ!なに吸ってんのー??それーッ!俺にもちょーだいよーッ!!」


「なんだぁ、澄人。お前カナビスに興味あるんか??だったらみんなで回そまいッッ!!あんずッ、ハクトからカナビスとボングもらってきてーッ」


 既にベロベロだった澄人と一斗を交えてチルアウトに興じると、二人とも初めてのカナビスに度肝を抜かしていた。スパイスの経験者からすると、考えられないくらいにピュアでクリーンなキマり方が楽しくて仕方ないみたいだ。バッドに入るヤツがいないのは救いだが、それは俺たちがバカだからなのか?


「不肖わたくし佐藤一斗ッッ!!及ばずながらここらで一曲裸踊りを披露させていただきたくッッ!!失礼いたしますッッ!!」バッ


 テンションがオーバーレブを迎えた一斗がいきなり服を脱ぎ始めた。楽しく踊るのは構わないけど、あんずの前でモロ出しは看過できない。俺は無造作に取り出した45口径の銃口を彼の局部に向けて、引き金を引いた。


 ッバァァッンンッ!!!


「あぁッッッ!!いたああぁぁぁぁああいッッ!!」


「アハハハハッッ!!おいッ!!一斗のちんこが爆ぜたぞッッ!!アハハハハッッ!!腹痛ええッ!!」


 まだ陽のある内からドンチャン騒ぎを繰り広げる俺たちの中で、一斗の生殖機能が一時的に失われた事に最も爆笑していたのは、何故だか唯一シラフの高桑だった。酒もカナビスもなしにここまで盛り上がれるのは、ある意味最強なのかも知れない。そういう所が和政の目に留まったのかもな。

 そんな事を思い、和政の方を見ると、彼も腹を抱えて笑っていた。


「ちょっとあんたたちマジでうるさいッッ!!!こっちはお客さん相手にしてるんだから、もう少し静かにしてよッッ!!」


 必死に叫ぶマチコの言葉に耳を傾ける者は、この場にはいなかった。まぁ、大工なんてみんなそんなもんだ。

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