第215話カーペンターズ5
ほんの一言二言を誤ったせいで、おかみさんのご機嫌はすごい角度で傾いた。だけど、俺からしたら何でそんなに怒るのか理解に苦しむ。別に悪気があったワケでも、ケンカ腰なワケでもないのに。やっぱりアレか。歳食うと怒りっぽくなるのかねぇ。更年期障害っていうの?女のヒステリーってほんと面倒くせーなぁ。
「んな邪険にしなくてもええやないですか。こちとら16ですよ?口のきき方くれぇ大目に見てやってくださいって」
「ふんッ。どうせお前さん、ウチで預かってる大工道具やら何やらをアテにしてんだろ?こうなったら800を今すぐ払わなきゃ貸してやるもんか。払うったってカードやチップから直接じゃダメだよ。現ナマで持ってきなッ」
ほんと面倒くせぇなぁッッ!現ナマで持って来いだ!?それってわざわざ門の所まで行って、防人に頼まなきゃならねーじゃねぇかッッ!そんでまたえっちら歩いて戻ってくるなんてかったるい事やってられっかッッ!現ナマが腐っちまうよッ!日の短ぇ時分にゃ、日が暮れちまうッ!
と、声を大にして言いたかったが、ここで取り乱したら元の木阿弥になってしまう。俺は怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑えて、笑顔を引きつらせながら交渉を続けた。
「勘弁してくださいよ。いいじゃないですか。ここまで足運んできて、こうして頭下げてるんですから、貸してやってくださいって…」
「頭上げてもらおうじゃないかッ!!大して頭なんか下げてないくせにッ!!お前さん、何か勘違いしてやしないかい?私は『やなぎ家のおかみ』だッ!『都の顔役』だッ!てめぇは何だ!?ただのバクチ好きの大工じゃねぇかッ!!せっちん大ぇ工のクセしやがって、ふざけた事を抜かすんじゃねぇッッ!!ぶっ潰すぞ、クソガキがぁッッ!!
道具は貸さねぇ…。いや、貸さねぇとは言わないよ…。今すぐ800を現ナマで持って来い…。そうしたら貸してやる……」
何ヒートアップしてんの?このババァ。あ…、ダメだ…。堪忍袋の緒が持ちそうにない。マジでキレちゃう五秒前…。全部ご破算にしてやろうかなぁ…。
いやいや、それはマズい。これは俺だけの問題ではなく、塩見ちゃんや緑がやろうとしている商売に関わる。それに、その商売を軌道に乗せて貝を稼がないと、おかみさんに上納できなくなる。そうなれば俺は都を出る事ができなくなってしまう。ここは我慢の時だ。
「ハァ……ッ。こんなにお頼み申しても、それでも貸してくれないって言うんですか…??」
「だから貸さないとは言ってないよ。800持って来いってぇの。話は簡単じゃないか。いいからひとっ走りいってきなッ!さぁッ、早くッ!!犬みてぇにッ!!」
ついさっき心にした覚悟は、最後の一言で音を立てて崩れ去った。その音は、堪忍袋の緒が切れる音だったのか、頭の血管が切れる音だったかは分からない。
気付けば抜くつもりはなかった銃をケツのポケットから取り出し、引き金を引きながら猿叫の如く叫んだ。
ッバァァッンンッ!!!
「なにぬかしやがんだッッ!!こんのダボハゼがあああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁッッッ!!!」
銃声と俺のグロウルを聞きつけた女郎たちが、血相を変えて座敷に乗り込んできた。おかみさんの身を案じたのだろう。だが、彼女らを俺に寄せ付けまいと、あんずが睨みを利かせた。こうなってしまえば、もうこの空間は俺の支配下だ。
どうにでもできるし、どうとでもなれと、半ば投げやりな気持ちでおかみさんに近づくと、気丈を装いながら刃向ってきやがった。でもババァ、声が震えてんぞ。
「なんだいッッ!人の店に上がり込んできて、けったいな口きいてッッ!!一体どんな了見だいッッ!!」
「じゃかぁしゃあッッ!!くそババァッッ!!おおつかちょうじゅうろうちんけんとう、株っかじりの芋っ掘りめがぁッッ!!てめぇんちに頭下げる様なおあいにぃさんとおあいにぃさんの出来がすこぉしばかり違ぇんだよッッ!!黙って聞いとりゃ、せっちん大ぇ工だクソガキだと好き勝手ぬかしやがってッ!てめぇなんざ、女の子食いもんにして爪に火ぃ灯して細く短く往生してきた性悪婆ぁだがやぁッッ!!
そんなてめぇに小銭持って来いと言われて、はいそうですかとおべっか使えるほどこっちは耄碌しとらんしッ、俺がそんなタマに見えるんかてぇッッ!!だったらその目の玉は必要ねぇなぁッッ!!ほじくり出してケツの穴に捻じ込んだるわぁッッ!!
一斗ぉぉッッ!!そのババァ押さえつけろぉッッ!!」
いよいよ以っておかみさんに危害を加えようとすると、見かねた女郎たちが道具箱を担ぎ、必死に俺を制止しようとした。
「お待ちくださいましッッ!!大工さんのお道具はお譲りいたしんすッッ!!だからおかみさんへの御無体はおよしくださいましぃッッ!!」
「道具箱一つでどうすんだッ、たわけがあぁッッ!!四つ持ってこいッッ!!あと股引と腹掛けもだぁッッ!!さっさとせんとこのババァの土手っ腹ぁブチ抜くぞぉッッ!!」
女郎たちは泡喰って屋敷内を駆け回っていたが、その間あんずはずっと両手で口を押えながら笑っていた。こういう一方的な凌辱がツボなんだろう。それは彼女の性分である誠実さとはかけ離れている様に見えるが、力ある者が弱者を虐げる事は然るべきであり、その意に反していない。そもそも童子(鬼)だしね。
俺の方も、悪行を尽くす事に躊躇いも戸惑いもない。ベイビーフェイスよりヒールを。正義の味方より悪の組織を。それこそが、我が座右の銘なのだ。
つまり、俺とあんずは相性が良い。しかし二人の間には今、ちょっとした亀裂が出来てしまっている。その埋め合わせを早くしたいのだが、それはやなぎ家との諍いを片付けてからだ。銃口を向ける俺と、喪服を着ているおかみさんには、三谷の件がまだ済んではいない。
俺が要求した物を女郎が用意している間に、一斗には裏口まで大八車を回す様に言い付けた。この足で近くのもくもく亭跡地まで道具箱を運んでおく魂胆だ。
あんずと二人して四つの道具箱を担いで廊下を進んで行くと、女郎たちはヒソヒソと陰口を言い合っていた。彼女らの俺に対する株価はストップ安だろう。これも悪者の宿命か…。でも女の子から悪く言われんのキッツいなぁぁぁッ!あと、道具箱が重たああぁぁいッッ!!
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