第217話大忙し1

「おーっし、お前ら全員揃っとるなーッ。今日からビシバシ働いてもらうで覚悟しとけよーッ」


 明朝一番、俺たちバカ共は再度'98の前で落ち合った。澄人も一斗も寝坊せずに時間通り集合してくれた事は関心関心。俺に付き合ってくれているあんずは眠たそうに目をこすっていたけど。

 現場へ向かう道中、朝メシを挟みながら今回俺の求人に応募してくれた二人の経歴を聞いた。条件に『経験者』と明記していたが、言っても俺たち16歳だ。現世で何かやってたとしても、それは数年間という浅い経験に過ぎない。案の定、澄人は2×4大工を二年、一斗は内装大工を一年という経歴だった。この歳で職歴があるのは結構な事だが、仕事に関しては、俺や高桑の方が理解に長けているだろう。


「ほんじゃーお前ら、今までは電動工具ばっか使っとったワケやな?昨日借りてきた道具箱にはそんなもん入っとらんかったで、泣き見る羽目になるかも知れんぞー」


 そんな脅しをかましつつ現場に着くと、瓦礫はきれいさっぱり片付けられていた。ヤマモトの二人には改めて感謝しなくては。しかもこの後、材料の運搬もしてくれると言うのだ。和政の一声あっての事らしいが、彼らには頭が上がらないな。何かの形で恩を返せるといいのだが。

 すべからく木造で建てられている都の建物は、基礎部分だけ現代的なコンクリートの造りになっている。そのお陰で基礎はそのまま残っていて、土台敷きから仕事が始められるのは嬉しい誤算だった。

 先日マチコから頂いた図面と実際の現場を照らし合わせる『実寸取り』は高桑と一斗に任せ、俺は澄人と二人で道具の手入れを開始した。どのくらい使われていなかったかは分からないが、結局これは借りてきた『他人の物』だ。研ぎ直しをしておかないと、何だか気持ちが悪いのだ。


「澄人はこういうのやった事ねぇ??ま、お前は手先が器用だで見様見真似でも何とかなるやろ。まずは鑿(ノミ)からやんぞー」


 たらいに水を張り、道具箱にちゃんと備えられていた砥石を用いて澄人に手入れの仕方を教えた。借金のカタに預けているだけあって、金物の道具にはしっかりと油が塗られてあり、保存状態は悪くなかった。だが、仕事の最中に不具合が出てきても面白くないので、こういう機会に道具を観察しておくのは、効率化にも繋がるのだ。

 簡単な説明だけでも、澄人は道具の構造や特徴、用途などを即座に把握し、それに必要な研ぎ方を独自に理解した。コイツ、地頭はめちゃくちゃ良いんじゃないか?まぁ、元がバカなら麻雀でカモをハメるなんて芸当ができるワケがない。ズルやイカサマっていうのは、賢いヤツの特権でもある。本来澄人は、優れた人材なのかも知れない。双子の弟、直人も揃っていればなおさら…。


「なぁ、澄人…。今更だけどよ、ええんか?俺んとこで働くのは…。俺は直人の仇だぞ」


「確かになぁ…。でも、それは仕方ねぇよ。そうゆー報いを受けるのも当然なくらい、俺たちは悪事を重ねてきた…。泣いて命乞いをする子を、笑って殺したりもしたんだ…。てめぇの番になって文句言える道理は、俺にはねぇよ」


 俺は別に直人の事を後悔するつもりはないし、澄人も直人の事を許してくれるつもりはないだろう。だけど、俺たちは今、一緒に働く『仲間』なのだ。芽生えてしまった友情を前に、俺たちの間で起こった『過去』をなかった事にはできない。これからどう澄人に接していけばいいのか分からなくなった俺の顔を、あんずが心配そうに覗いてくれた。


「そいえばよぉー、拓也くん。その女の子は一体なんなの??ミコトじゃねぇよなぁ?」


「あ、澄人には紹介しとらんかったな。俺のお供で、童子のあんずだ」


「ど、どうも、あんずです…。このミコトさまは、もうたくちゃんの敵じゃないんですか?」


 童子という鬼の存在は知らなかった澄人だが、アヤカシについては聞き覚えがあったらしい。しかし、この世界に来て早々に都に入った彼は、アヤカシと接触した事はなかったのだとか。都にアヤカシを入れてはいけないなんてご法度は、アヤカシ連れじゃなければ気にも留めない事なのだ。

 それでもそんなルールが設けられている理由を、アヤカシを連れているミコトの優位性と交えて澄人に説明してやると、彼はどこか納得がいった様に笑って見せた。


「クックック…ッ。じゃあ、ハナっから俺は拓也くんに敵わなかったってワケか。なるほどねー」


 清々しくそう語る澄人は、二度も俺と高桑に負けた事で、俺たちの徹底的なやり方にある種の憧れと畏怖の念を抱いていたらしい。雀荘での半荘二回では、結果が筋書付きで用意してあった。それは単純に、麻雀というゲームの熟練度に埋められない差があっただけだと悟った彼は、次の勝負をガチンコの度胸試しで挑んできた。それにすら勝てなかった理由を考えていた澄人は、漸く解答を見つけられた様だ。


「直人の事は、そりゃ残念だよ。でもそれ以上に、俺ぁ拓也くんに惚れ込んじゃったんだッ!だからよぉ、ヘンな事気にしてねぇで、ビシッとしててくれよなッ!親方ッッ!!」


 そもそも素手ゴロのタイマンとかだったら、俺に勝ち目はなかったんだけどな。生身のケンカに関しちゃ、俺は女の子とタメを張れるくらいだ。下手したら緑にも勝てん。そんな俺なんかを、掛け値なしに認めてくれた澄人と、今こうやって一緒に仕事ができる事が嬉しくて嬉しくて、何だか泣きそうになっちゃった。おかしいな。今日はまだカナビス吸ってないからシラフのはずなのに。


「よぉーっしッ!道具の手入れはこんくらいにして、一服付けるかッ!!澄人、カナビス吸おまいッ!高桑ーーッ、一斗ーーッ、一息入れんぞーーッッ!!」


 潤んだ瞳を悟られたくなくて饒舌気味になったのは、ちょっとあからさま過ぎたかな。

 十時と三時の一服は必ず取るのが俺のポリシーだ。マチコが持たせてくれたポットから、湯呑にお茶を注いでくれたあんずの姿は、まるで天使の様だった。これだけでも彼女を連れてきた甲斐がある。その天使は一人だけ別で酒飲んでたけど。

 温かいお茶を肴にカナビスを吹かしていると、ヤマモトの二人が大きな荷を引っ張って現れた。いよいよ木材が搬入されたのだ。ここからは気合入れていくぞッ!!

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