第213話カーペンターズ3

 翌日、早い時間から目が覚めた俺は、あんずを連れて朝食を済ませ、'98に顔を出した。予定よりも大分早いが、桃子に昨日の事を謝ろうという思惑と、まだ解決していない『作業服』の事をマチコに相談するためだ。服に関しては桃子のお株だが、この都には彼女愛用のミシンがない。だが、桃子を頼らずとも都にだって服は売っているし、人力車の車夫や駕籠屋のクモ助たちは職人っぽい衣装を着ていた。元々作業服なんかどうとでもなったのだ。

 朝早くであったせいか、カナビスを求める客はまだ来ておらず、それでも開いていたマチコの店の暖簾をくぐると、仲間たちの顔ぶれが並んでいた。もちろん桃子もそこにいる。


「おはよーっす。みんな早ぇなー。もう起きとるんか」


「おはよー、いずみくんッ」


 一番に返事してくれたのはヨシヒロだったが、ヤリチンという彼の隠れた一面を目の当たりにしてしまっていた俺は、何故だか萎縮した。だって俺、童貞だもん。

 俺の来訪に気付いた桃子は、チラッと俺を見ると、すぐに顔を背けた。やはり昨日の事、っていうかツナギの事を怒っているのだろう。だったらさっさと謝って心の蟠りを解こう。そうじゃねーと精神衛生が保てん。


「桃子…。すまんかった。お前の気持ちも考えんと、失礼な行動と態度を取ってまった。本当にすまんかった…」


「……、うん…。でも、ここじゃリペアしてあげられないから、ツナギは直らないけど…」


「それはええ。作業服はその辺でテキトーにこさえるでよ」


 桃子は俺の謝罪を受け取ってくれた。彼女が向けてくれた笑顔で、俺の心に纏わり付いていたブヨブヨした黒い塊は、キレイに流れていった気がする。これで気兼ねなく大工仕事に身を入れる事ができる。

 その仕事の求人を出してくれていたマチコは、モーニングコーヒーを淹れながら募集具合について話してくれた。彼女曰く、反応は芳しくないのだとか。やはり経験者限定っていうのが悪かったのだろうか。


「まぁ、一応二人は確実に来るから。でもねぇ…、たくやくんがその二人を雇う気になるかどうか…」


 たったの二人か…。俺と高桑を入れて四人。欲を言えばもっと人手が欲しかったが、これだけいれば何とかなるだろう。それよりも歯切れ悪く言った二言目が気になるな。雇用を躊躇したくなるほどのヤバい奴なのか、それとも俺の知っている人物なのだろうか。俺としては仕事をちゃんとやってくれるなら別に誰でもいい。

 そう軽く考えながらマチコが淹れてくれたコーヒーを啜っていると、二つの影が店の扉を開けた。求人に応募してくれた二人が来たのだ。しかし、ソイツらの顔を見た瞬間、俺はコーヒーカップを落とした。何でよりによってこの二人なんだよ…ッ!


「たくやくん…。今回応募してくれた『成瀬澄人くん』と『佐藤一斗くん』です…」


 二度もバクチで負かしてやった澄人と、もう一人はやなぎ家で車夫をやっていたヤツだ。どちらも俺に恨みつらみを抱く人物じゃねーか。どーすんの、これ?仕事になんのか?しかも二人とも雇い主が俺だと分かった途端、殺気が溢れ出したんだけど。

 こんな事になるなら最初から丁重に扱えば良かったんだけど、それは結果論なので今更言ってもどうしようもない。とりあえずは仕事についての説明をしなければならないので、マチコに隠し部屋を借りて二人をそこに案内した。


「ま、まぁとにかく楽にしてくれ…。あ、何か飲む??酒でもコーヒーでも好きなの頼みやぁ。俺の奢りだもんでさぁ…」


 妙な気遣いをする俺を訝しむ二人は、穴が開きそうなほどの鋭い視線を送っている。コルソーで言うと60φくらいかな?単管パイプが通るわ。

 話が一向に進みそうにないが、コイツらは帰ろうとはしなかった。彼らに拒絶されればこっちが強制的に雇う事などできない。働くかどうかは本人次第だ。それなのにここに居るって事はどういうワケなのだろうか。


「っつーかお前ら仕事はどーした?澄人は賭場で働いとるんじゃねーのか。それと一斗だっけ?お前もやなぎ家に雇われとるはずだろ?」


 志望動機を聞くと、二人は俺に向けていた視線を一度下ろした。聞けば澄人は賭場を解雇され、バクチを打ちたくてもタネ銭がなく、食い扶持に困っているらしい。車夫の一斗は、遊女に特別な感情を抱いていた事がおかみさんにバれ、辞めさせられたのだとか。しかも二人ともチップに負債記録が刻まれているらしく、それを返済しなければ都を出る事もできない。

 コイツらがこうなってしまった要因には、少なからず俺の影響もある。俺がいなけりゃ二人とも変わらぬ生活を送れていたはずだからな。

 俺のチップにも負債は記録されているが、二人とはちょっと事情が違う。別に俺は貝に困っているワケではないのだ。何なら他のヤツよりも富豪の部類に入るくらいだ。


「しゃーねぇな。お前ら、借金はなんぼなんだ?」


「俺は賭場に50万…」


「俺はやなぎ家に12万と800…」


 確かに日銭を稼ぎながら返すには面倒な額だが、俺からすれば小銭同然だ。仕事中に後ろから刺されても困るので、コイツらの身を綺麗にしてやって恩を売っておくか。

 俺はマチコに頼み、チップの残高から50万のカードと12万のカードをプリペイド化してもらった。


「ほれ。コレで借金チャラにしてこい。その後ちゃんと帰ってこいよ。逃げたらドタマに鉛玉ブチ込んだるでな…。

 あ、そうだ。一斗、お前車夫やっとる時、股引と腹掛け着とったろ?やなぎ家から四人分もらってこい」


 そう告げると、澄人は一目散でカードを握り絞めながら走っていった。しかし、一斗の方はカードをジッと眺めながら動こうとしなかった。何か文句でもあるのだろうか。


「あ…、あの、俺の借金は12万と800なんだ…。でもこのカードは12万キッカリだから……」


「ええか。12万と800ん所に800持ってくんじゃねーぞ。12万持ってくんじゃねーか。800くれぇ御の字だわッ」


「お、おんのじ…??」


「あたぼうだよッッ!!当たり前ぇだ、ベラボウめって事だわッ!!どーでもええで早よ持ってけッ、このたぁけがッッ!!」


 がなり声を上げると一斗はすっ飛んで行った。それを脇で見ていたあんずはクスクスを笑いを漏らしていたが、俺のこの大雑把な性格が後に面倒を引き連れて来てしまうのだった。

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