第212話カーペンターズ2

「ほいじゃー高桑、明日は昼頃に'98まで来たって」


「はいよー」


 高桑の協力を取り付けた俺は、雀荘を出てすぐに桃子へ向けてコールを発信した。俺が出した求人に何人集まるかは分からないが、親方として用意してやらねばならない物があった。別に明日でもいいんだけど、解決できる事はできる時にしておきたいのだ。


「もしもーし、桃子ぉ??」


《あ、たくやくん。どーしたのー??》


「悪いんだけど、俺のツナギってリペアしてまえる??あと、同じ様な作業服もいくつか作ってまいたいんだけど…」


 俺がそう告げると、テレパシー越しにも桃子の機嫌が悪い方へ傾いたのが分かった。でも一体今のどこに彼女を苛立たせる様なNGワードがあったと言うのだろう。考えても答えが出そうにないので、桃子のレスポンスを待っていると、ギャルの口から出たとは思えないほどの低いトーンで返事が返ってきた。


《たくやくん…。私…、怒ってるんだよ。もうツナギはたくやくんの物だから、どんな着方しても文句言わないつもりでいたの…。でも、最初から私に直してもらうつもりでたくやくんが雑に着てるなら、何で私がそれを直さなきゃいけないの?

 あのツナギは元々私が作った物じゃないから、ボロになっちゃえばもうお終い…。いくらたくやくんの物だって、アレがなくなっちゃうのは私かなしい…。だから『大事に着て』って約束したのに……っ》


 俺はこんな所でも、自分の身勝手によって友達を傷つけていたのか…。桃子の主張に返せる言葉など、俺は持ち合わせていなかった。この前だって、桃子がどんな思いで仕立て直してくれていたのか、考えようともしていなかった。

 てめぇの浅はかさ、愚かさ、思慮のなさを痛感し、どれだけ友達に迷惑かけていたのかを理解した時、俺は身動きが取れなくなった。そんな俺に追い打ちをかけるかの如く、桃子はキッツい一撃をお見舞いしてくれた。


《たくやくんにとって、『あんずちゃんとの約束』も、そんなもんなんだろうね…。あんなにかわいくていい子を泣かせるなんて……、ほんっとサイテー…》ピッ


 あ、ヤバい。泣きそう。声を上げて崩れ落ちそう。あ、ダメだ…。今はここに居たくない…。一人になりたい。

 気付くと俺は、フラフラと『門』の方へと足を向けていた。確か俺のZⅡはひーとんがトラックと一緒に駐輪してくれているはずだ。こんな時はバイクでかっ飛ぶのがイチバンだ。それなら泣いていても誰にも見られないで済む。

 そんな事を考えていた俺の頭からは、やなぎ家のおかみさんへの負債記録が刻まれていた事実がスッポリ抜け落ちていた。


「あれッ?今泉拓也さんですよね??あなたは現在、都から出る事はできませんよ」


 門の防人から受けた事務的な忠告をギリギリ耳で捉えられた俺は、それを疎ましく思ってしまったのか、鬱憤を晴らす様にテキトーにそこに居たミコトに向けて発砲してしまった。八つ当たりでしかない俺の愚行は、あんずによって最悪の事態を免れた。放たれた弾は、彼女の手で止められていたのだ。

 それまで夜の賑わいを見せていたミコトたちは、銃声を聞くと散り散りに逃げ出し、図らずも一人になりたかった俺の願望を叶えてくれた。防人まで職務放棄しちゃってたし。

 しかし、あんずだけは俺の側から離れようとしなかった。


「たくちゃん…、なにしてるんですか……」


「あんず……。お前もええ加減、俺に愛想尽きたろ…??別にムリして一緒におらんでも……―――」


 パアァァァ…ッッン!!


「なにをとろくっさい(バカな)こと言っとるのッッ!!たいがいにしやぁよッッ!!たぁけぇッッ!!」


 あんずは俺の左頬にビンタを食らわせた。その衝撃よりも、彼女の訛りに驚いた。あんずが名古屋弁を使うのは、マジ切れしている証拠だ。だけど、熱に似たジンジンとする頬の痛みからは、俺に対する軽蔑や失望といった負の感情が読み取れなかった。俺は今、ただ単純にあんずに叱られたのだ。

 ハッと我に返り、あんずの方を見ると、彼女の目には涙が溜まっていた。


「アタシの名前言ってみぃッッ!!」


「あ…、あんず……」


「その名前つけてくれたのはだれぇッ!?」


「お…、俺……」


「このワンピース買ってくれたのはだれぇッ!?」


「俺…」


「でしょぉッッ!!アタシはそれがどえらい嬉しかったのッッ!!だで、たくちゃんと一緒にいたかったのッッ!!こんなところで突きはなすなら、さいしょからそんなことしんといてよぉぉッッ!!」


 パアァァァ…ッッン!!


 もう一発ビンタを食らった。しかもさっきより強い力で。下手したら俺の頭が部吹き飛んでてもおかしくないくらいに。そうならなかったのは、あんずが手心を加えてくれたお陰だ。それを理解した時、彼女の想いを少しは汲み取れた気がする。

 あんずにとって俺は、彼女を構成している大きな存在だったのだ。でも俺は、そんな彼女に釣り合うほど、あんずを重きに置いていなかった。側に居て欲しいなら、一緒に居たいなら、もっとあんずと向き合わなければならない。俺だってあんずを手放したいワケじゃない。でも、どうしても考えてしまうのだ。いつかあんずと別れる日がくるのではないかと…。その時を迎えて辛い思いをするくらいなら、自らエンガチョしてしまおうと…。

 結局、三谷を殺したのだって、どうせ俺の前から消えるのなら俺が消してしまおうと結論付けたからだ。家族との死別もそうだ。『これは俺が望んだ事』と思い込む事で、捻じ曲がった納得をし、悲しみから逃れてきた。

 ボタンの掛け違いの様に、どこからかズレてしまった俺の感性を、あんずは受け止めた上で正してくれた。彼女にそうしてもらえるほどの存在になれていた俺は、もう失う事を恐れなくてもいいのか…。


「あんずは…、俺の前から消えたりしんか……??急にいなくなったりしんか……??嫌いになったりしんか………??」


「消えませんし、どこも行きませんよ。…でも、たくちゃんの嫌いなところは嫌いって言います。そこはなおしてくださいねッ」


 桃子の言う通り、こんなにかわいくていい子を泣かせるなんて、本当に最低な野郎だ。反吐が出るほど自分が嫌になる。でも…、あんずを手に入れられた事は、素直に誇りに思おう。いつまでもあんずと肩を並べていられるように。


「たくちゃん、明日からおしごとですよね??今日はもうやどをとって休みましょう。アタシ、カナビスが吸いたいですッ」


 この日の宿を見つけるまでの間、あんずは俺の手を握ってくれていた。でも彼女に謝らなければならない事はまだある。それでも今日の所は、この柔らかな手の感触から英気を養おう。

 明日っからは肉体労働だ。

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