第211話カーペンターズ1

「た…たくやくぅん……、みどりぃ……っ。たすけてぇぇ…っ」


 ヨシヒロにレイプされてるマチコの姿に面食らっていた俺と緑は、その空間の隅っこで震えている桃子の存在に気付いた。可哀想な事に、桃子はこの惨状の一部始終を目の前で見せ付けられていたのだ。っつーか、ヨシヒロって結構ヤリ手なんだな…。

 一体何がどうなってこんな事になっているのか皆目見当も付かないが、医者の家系で育ったヨシヒロは、人体を触る事を小さい時分から教育されていて、性交渉もその訓練の一つだったらしい。つまり彼は齢16にしてセックスのスペシャリストだったのだ。

 三谷や緑に処女である事を馬鹿にされたマチコを見かねて、一人前の『女』にしてやろう、というヨシヒロの老婆心なのだろうが、何も桃子の目の前でやらなくても……。何にしても、童貞ちんぽこの俺としてはこれ以上この現場を見たくない…、っていうか、三谷がレイプされている所を見てしまった俺の心の傷は全然癒えていない。

 無言で踵を返し、隠し部屋をあとにした俺は、店を出た玄関先で自我を保とうと必死に叫んだ。


「人間なんてララァラーーララララアアァァァァラアアァァァッッ!!!」


「たくちゃんッッ!?」


 ――――――――――………


「みどりっ、ももこっ、変な所見せちゃってごめんねッ!お陰で立派な『オンナ』になれました…ッ♡そのお祝いってワケじゃないけど、今日は私の奢りだからいっぱい飲んでッ!そこの童貞は水でいい?」


 コンプレックスであった処女を切れたせいか、マチコは随分とゴキゲンだった。ついでか知らんが、俺への態度がナメ腐っていたのに殺意を覚えたのは内緒。まぁ、その内マンコにホローポイントブチ込んでやるから覚悟しろ。

 そんなミコトたちのイザコザなど露知らず、アヤカシたちはあの僅かな時間で親睦を深められたみたいで、特に女子同士では姦しくも仲のいい間柄になっていた。

 俺は殺意を悟られない様に平然を装い、情報屋としてのマチコにいくつかの相談を持ち掛けた。


「マチコ、もくもく亭の建築図面ってお願いできるか?あと、数人でええんだけど、大工仕事に覚えのあるヤツを紹介してまいたいんだわ」


「あそこは一般的な『店型』だから、間取りとかは共通の作りになってるよ。その図面でよければすぐ出せるから、ちょっと待ってて。

 求人の方は、『経験者限定』にして掲示板に出しておくね。紹介料は一人貝5000だよ。集まったミコトにはたくやくんが直々にお給金出してあげてね。相場は日当貝12000くらいかな?」


 図面と人手に関してはトントン拍子で片付いたが、それだけでは建物は建たない。その他にも『建材』と『道具』が必要なのだ。都の中だけで揃えばいいが、何処かに取りに行く羽目になったら面倒だなぁ…。そんな事を何の気なしに考えていると、突然桃子が話に割って入ってきた。


「あれ?確か都に、大工さんの集団っていなかったっけ?その人たちに頼むんじゃダメなの??」


 言われてみれば、都内の建物は全て木造建築になっていて、それらは最初から建っていたワケでも、いきなり生えてきたワケでもない。建築の知識と技術を持った『誰か』に建てられたのだ。かく言う桃子も、その人たちに頼んで店を作ってもらったらしい。


「あぁ…、『シロガネ組』ね。あそこはダメよ。今、全員で北東に行ってるから誰もいないの」


 都の建物全てに携わっていた『シロガネ組』という大工さん集団は、挙って都を離れているらしく、彼らに建造をお願いする事は、今は叶わないのだとか。どうせプロに依頼したら余計な出費になりそうだし、そのくらい自分で出来るから鼻っから依託するつもりもなかった。


「必要なのは建材と道具なんだよね?心当たりはあるから、明日までには何とかなると思うよッ。求人の募集もここでやるから、また明日ウチに来てくれる??」


「ほうか。んじゃ頼むわ。マチコ、今日の会計はなんぼ??」


「だから今日は私の奢りだってッ。人が集まったらその分は明日徴収するから」


 マチコのご厚意もあって、この日は出費なしで事が済んだ。俺は水しか飲んでないけど…。

 俺はあんずを連れて店を出ると、向かいたい所があった。マチコの求人に頼らなくても、一人くらいは大工のアテがあるのだ。しかも腕は間違いない。

 目的地に向けて歩き出すと同時に、手を繋ぎたかった俺は左手をあんずに差し出したのだが、それを握ってくれるほど、彼女の怒りは収まっていなかった。


「ちょ…ッ、あんずぅ!手ぇ繋いでよッッ!!」


「い・や・で・すッッ!」


 死にたいッ!!


 ――――――――――………


「いらっしゃいませーッ!あれ?拓也さんじゃないですかッ!今日は野良で打ちに来られたんですか?」


「いや、ちょっと高桑に用があってよ。アイツおる??」


 あんずを連れてやって来たのは、高桑の物となった雀荘だった。四年間も一緒に職校の建築科に通っていたアイツの腕は、俺が一番良く知っている。個人的には、賭場の経営よりも大工仕事の方が向いているとは思っているので、無理矢理『現場』に連れ出そうという魂胆だ。


「お、拓也だがやッ。へぇ~ッ、あんなにボロボロになったのに、綺麗に戻るもんだなぁ」


「これもミコトの特権よッ。お前もいっぺん身体張ってみ??痛ぇのは変わらんけどなッ!」


 高桑と挨拶代わりの軽口を交わし、早速本題に入った。彼は一端の店長気取りで茶を出してくれたが、ぬるくて床に叩きつけそうになった。でも俺、猫舌だから逆に助かったのかな。

 俺はマチコから譲ってもらった図面を広げながら、もくもく亭の跡地を建て直す算段を高桑に話した。カノジョを間接的に殺した店の改修に、気乗りしないと断られれば素直に身を引くつもりでいたが、俺の心配を他所に高桑は図面に釘付けになっていた。元々職人気質だから、こんなの見せられたら頭が勝手に作業の段取りしちゃうんだろうな。


「材と道具は?」


「明日にならんと分からんけど、都合はつくはず…。手伝ってまえるか??」


 即答はしなかった高桑は、ずっと図面と睨めっこしながら考え込んでいた。助力の是非ではなく、効率の良い手順を組み立てているんだろう。コイツは俺以上に二度手間が嫌いだからな。その事で口論になったのは一度や二度ではないが、だからこそ信頼の置ける人材なのだ。


「ほんで、日当は??」


「12000」


「安っっす!!小僧じゃねーんだぞッ、たぁけぇッ!!」


 友情割増とかいうワケの分からないサービス価格により、日当は貝15000で折り合いが付いた。

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