第210話大人のやり方4

「みどり…、妙な腹の探り合いはもうなしにしようじゃないか。お前さん方の計画を教えてごらん。もしかしたら力になれる事もあるかも知れないからね…」


 俺たちが強引な手段を取った甲斐もあり、交渉は淀みなく有利の方へと風が吹き始めた。未だに全貌が明らかになっていない緑の絵図面を、おかみさんの質問を介して漸く聞く事ができた。

 説明をする前に緑はあんずを呼びつけ、おかみさんの御前へと差し出した。俺たちがやろうとしている商売の大前提の名分は『お香屋』だ。そのデモンストレーションに、麝香を着けているあんずを用いたのだ。


「この子は今とある香水を着けてる。ババァくれぇならこれがどれだけ上等なモンか分かんだろ?私たちは香水やお香を作って売ろうとしている。別に店を構えるまでもねぇと思ってたんだが、毎月1000万も上納しにゃならんとなれば、派手に展開しねーと間に合わねぇ。丁度消し炭にしといたもくもく亭の店が四つもあっから、そこは有効的に使わせてもらう。名義は羽根田の弟になってっから、その辺はもう交渉済みだ。

 四軒もの店に商品を卸そうと思ったら、生産ラインは半端じゃ利かねぇ。だからあの工場を使わせて欲しいんだよ」


 緑はドラッグを扱う事を上手く隠しながら、おかみさんへの説明を進めていた。その中で、やなぎ家の遊女たちにも需要があるお香や香水を、特価で譲るセールスのプレゼンも行っていて、おかみさんはそれを熱心に聞いていた。

 だが、このおかみさんも商売人の端くれだ。その商いだけでやなぎ家への上納金を賄えるか、疑問に思わざるを得なかったのだろう。彼女は左手で顎を擦りながら、緑への質問を続けた。


「確かに香は都では大いに需要が見込めるだろうねぇ…。だけど、それだけじゃ食っていくのが関の山だ。とてもウチに貝を回せるとは思えないんだけどねぇ…」


「んなこたぁやってみなきゃ分かんねーだろうが。それに貝を払うのはあくまでも『拓也個人』だ。足りない分はコイツが頑張って稼ぐしかねぇんだよ」


 なるほど。言われてみれば至極簡単な話だ。高桑と組めば、バクチだけでも月に500万は硬く稼げる。それにお香屋の利益を上乗せすれば、やなぎ家に毎月1000万を上納するのも現実味が出てくる。俺の手札には強いカードが揃っているのだ。

 しかし、問題は山積みだ。ひーとんたちが見に行った工場も、稼働させるには多少の時間を有するだろうし、売り場にしようとしているもくもく亭の跡地も、今はまだ瓦礫の山だ。商売を始める準備だけでも一ヶ月以上かかるかも知れない。

 あまり油を売っているほどの余裕がない事が明るみになってくると、こんな所で駄弁っている時間が勿体なく感じた。それに、この状況で役立つスキルを俺は持っている。きっと緑もその事を勘定に入れてたんじゃないかな。


「緑、おかみさん、ちょっとええ?工場を使わせてまえるんなら、店作りもやらなかんよな?設計からやるのはエラいもんで、元の図面とかあったら見せてまいたいんだけど…」


 何ていったって、俺は大工の学校に行ってたからな。その気になれば図面を引く所からだって始められるが、端折れる部分は端折っておきたい。作り替えるより作り直す方がよっぽど楽なのだ。


「だったらお前さんらのお仲間に『マチコ』がいるだろ?あの子に聞けば、確実なもんを出してくれるさ。人手がいるならそれも相談するといい。求人も『情報屋』の商いに含まれるからね」


 そうと決まればこんな所に長居は無用だ。さっさと帰ってカナビスキメながらへらへらと作戦会議にしけ込もう。タイマーズのテーマを頭の中で奏でながら帰り支度をしていると、後方からドスの利いた声でおかみさんが脅しをかけてきた。


「みどりぃッ!もし一月経っても坊やが1000万払えなかったら、おまえさんにここで働いてもらうからねぇ。それだけはしっかり心にしておきな…」


「あっそ。上等だ、クソババァ」


 そんなおかみさんの脅しに一片たりとも屈しない緑は、中指を立てながら座敷をあとにした。コイツのこういう所ちょっとカッコイイんだけど、目上の人に対してノータイムでそれができるってぇのは、ドタマいかれてんじゃねーのかな。


 ――――――――――………


 既に陽は落ち、夜の帳が都全てを包んでいた。相変わらず道々で客を引く立ちんぼや、女を物色する野郎どもで賑わっている道中を眺めながら'98に辿り着くと、カナビスを求めるミコトはゼロだった。しかし、店先には二つの影があり、良く見るとそれはハクトとヒトミだった。


「あッ、ハクトちゃん!おしごとはもういいのー?」


「うん!今日のぶんはもうおしまいッ!」


 店内には他のミコトはいないらしく、アヤカシ同士での親睦を深めるように賜った彼女たちは、ここでお喋りをしていた様だ。それならば、とあんずとイナリを二人の輪に加わらせ、俺と緑は店内に入っていった。アヤカシたちがどんな会話を繰り広げるかは興味があるが、今はやる事が立て込んでいる。

 さっそくマチコにもくもく亭の図面を強請ろうと店内を覗いたが、彼女の姿はなかった。それどころかヨシヒロも見当たらない。二人でどこかに出掛けたのだろうかと憶測したその時、俺と緑の耳に聞き触りがよろしくない音が届いた。発信源はどうやら隠し部屋の方だ。

 もう大体の予想はついてるんだけど、それを認めたくない俺たちは、ぶっ壊す勢いで扉を開けた。そして目に飛び込んできた光景に、俺はその場で気絶しそうになった。


「あッ。いずみくんにみどりちゃんッ!おかえりーッ。ちょっと待ってね。今、マチコちゃんの初っ切りしてるからッ」パンパンパンパン


「あ…ッ♡あッん♡く…くにえだくん…ッ♡あんッ…あッあッ♡」パンパンパンパン


 ヨ…ヨシヒロがマチコをレイプしてる……。え…?これ性犯罪だよね…?あ、でもマチコの方もまんざらじゃない感じだし、合意の上なのかなぁ…??いやッ!問題はそこじゃなくて、この現場に緑がいる事がマズいッ!!コイツ、ヨシヒロに惚れてんだぞッッ!!最悪、二人とも殺されんじゃねーかッ!?

 俺は恐る恐る緑の方を見た。しかし彼女の反応は、俺の予想の遥か上空も上空、大気圏外を光の速さで駆け抜けていった。


「やだ…。ヨシヒロくん…ッ、カッコいい………♡」


 えぇ……。そうくる…??やっぱこの女、ドタマいかれもうしとるわ。

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