第204話賠償4

 歓迎の雰囲気で招き入れられた俺たちは、賭場にある一番奥の部屋に案内された。雀荘とは違い、ここは純日本風の佇まいをしていて、映画や時代劇で見る様な、正に『賭場』って感じだ。


「改めまして、この賭場を仕切っている『森本翼』と申します。今日はわざわざご足労いただきありがとね。俺の挨拶はこんくらいにして、澄人クンと今泉クンの勝負について説明させてもらうね」


 森本と名乗ったこのミコトは、意外と友好的な態度で俺たちに接してくれたのだが、今日のこの場を設けるためだけにスパイスの販売権を放棄していた。元々そんな物の売り上げに期待していなかったのか、そんな物がなくてもやっていけるだけの基盤が商いにあるのかは分からないが、リターンを得るためにリスクを負う事を躊躇しないのは、かなりのバクチ打ちである証拠だ。頭も相当切れるに違いない。

 そんな男が澄人を拾い、俺に仕向けさせたのは、そこに勝算があると判断したからだろう。その根幹にあるのは、俺に対する澄人の『恨み』だ。


「まず、今回の勝負では『盤』と『丁半』のお互いの免状を賭けてもらう。そっちが勝てばここの権利は高桑クンの物になるし、俺たちが勝てば雀荘はいただくよ。

 そして…、大事な大事な勝負の内容だけど…。今泉クン、ご自慢の拳銃はお持ちかな??」


 森本からの質問に言葉で返さなかった俺は、懐から1911を取り出し、マガジンとチャンバー内に入っていた弾を抜き取ってから彼の前に差し出した。森本は実銃を見るのが初めてだったらしく、暫く銃を眺め回したあと、説明を続けた。


「二人にやってもらうのは、『ツイスターロシアン』。先攻後攻を決めて、交互に二つのサイコロを振ってもらう。出目には予め身体の部位が指定してあるから、当たった場所を自ら撃ってもらう…。先にギブアップしたり、意識を失った方の負け。まぁ、ロシアンルーレットに毛が生えたもんだと思ってくれればいいよッ」


 必ず弾が出るロシアンルーレットか…、面白そうじゃんッ!…と、考えていた俺とは裏腹に、この勝負内容にひーとんが異議を唱えた。ミコトとして古株の彼が待ったをかけるほど危ないルールなんだろう。


「今ちゃん…、コレはヤベぇって…ッッ!!ただの勝ち負けで済むならいいけど、『自分で撃つ』ってぇのがマズすぎるッッ!!もしかしたら今ちゃん死ぬかも知れねーぞッ!!」


 仮にこれが互いを撃ち合うってルールであれば、『こっち側(不死)』である俺や澄人が死ぬ事はない。だが、自分で負った傷が致命傷しなった場合、その法則は適用されない。『自殺』とみなされるからだ。ひーとんは躍起になってその事を俺に伝えてくれたが、彼が心配する様な事態にはならないと、俺は断言できる。


「そう焦んなって、ひーとん。確かに俺を殺せるとしたら『俺』だけだろうけど、『たかが俺』に殺されるほど、俺はヤワじゃあれせんのだわッ」


 ひーとんは俺の言っている意味が良く分かっていなかったみたいだが、言ってる俺も良く分かってなかった。シャブのせいで自分の思考を言語化する事が難しくなってたから。とにかく俺が言いたいのは、このくらいじゃ俺は死なないって事だ。それは高桑も同感の様で、この勝負を受けるべきだと背中を押してくれた。

 森本たちの提案を承諾すると、早速舞台が整え始められた。俺と澄人は向かい合った状態で椅子に座らされ、その中央には小さな机が一つ置かれた。この机に銃を置き、出た目の部位を撃ってまたこの机に銃を戻すでが、自分のターンになる。


「サイコロは交互に振ってもらうけど、先攻後攻は最初に決めたままで行くよ。どっちを選ぶかはそっちが決めちゃってよッ」


 それを聞くと、ひーとんは一目散に後攻を選べと助言してきたが、俺にはそれが理解できなかった。


「今ちゃんッッ!!こりゃ後攻一択だぞッッ!ぜってぇ後攻だッッ!」


「えぇ…??なんで?先攻の方がええやろ。なぁ、高桑」


「おぅ、先攻以外ねぇわなぁ」


 多分ひーとんは、先に意識を失う可能性があるのが先攻と考えているんじゃないかな。でもそれは、後手の思考だ。勝負においては、何よりも『先』を取らなければならない。つまり俺は、致命傷になり得る部位を撃って生還し、澄人にギブアップさせるつもりでいるのだ。高桑も同じ考えで先攻有利と捉えていた。

 それに、澄人は死にもの狂いで俺のタマを取りに来るだろう。この勝負なら俺に負けないとでも思っているのか。その出鼻を挫いてやるのもまた一興だ。こういうリベンジ戦は大好きなのだ。


「今泉クンが先攻でいいんだね?それじゃあ早速始めようかッッ!!」


 戦いの幕が切って落とされると、澄人は俺にサイコロを投げつけてきた。最初の賽は俺が振れってか。二つのサイコロを拾い上げた俺は、ある事に気付き少し手が止まった。一つは普通の白いサイコロだったが、もう一つはその逆、黒地に白の目が刻まれた物だった。

 どうやら白い方が十の位で、黒い方は一の位を示している様だ。出目の組み合わせは36通り。この中に撃ったらヤバい部位がいくつあるか分からないが、どんな目が出ても必ず撃つ。それだけを心に決め、俺はサイコロを振った。


「ん~~っと…、出目は『二四』だね。一発目は『左足ふくらはぎ』だよッ!!」


 立会人は森本が務め、出目によって指定された部位を伝えてくれた。俺と澄人はサイコロの目を操れるので、どの目がどの部位を指しているのか分からなくなっている。とにかく、ふくらはぎくらいだったら大した事ないだろうと決め付け、俺は銃を手に取った。

 どうせこの机まで銃を戻さなくてはならないなら、ここで済ませちゃうか…、と思い立ち、俺はその場で引き金を引いた。


 …ッバァァッンン…ッ


「アアアアアアァァァァアアアアァァァッッッ!!!!いってええええぇぇぇぇえええぇぇッッ!!マジかッ!?マジかッ!?」


 何がふくらはぎなら大した事ない、だ。物凄く痛いじゃないか。え?コレまだ一発目??あと何回コレを繰り返すんだ??ちょっと気が遠くなってきたぞ。

 苦痛に歪んだ顔のまま机に銃を置いた俺は、びっこ引きながらやっとの思いで自分の椅子に座る事ができた。この痛み、澄人は耐えられるのかな??なんて思いながら彼の方を見ると、何食わぬ顔でふくらはぎを撃ち抜き、銃を戻す澄人がいた。あ…、コイツ相当気合い入っとるわ…。

 もしかしたら勝てんかも知れんぞ……。ちょっと何とかしろよ、お前たち。

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