第205話賠償5

「次、『右足甲』ッ」


 …ッバァァッンン…ッ

 …ッバァァッンン…ッ


「次、『左足ひざ』ッ」


 …ッバァァッンン…ッ

 …ッバァァッンン…ッ


「次、『左腕前腕』ッ。あ、澄人くんは左利きだから逆の腕を撃ってねッ」


 …ッバァァッンン…ッ

 …ッバァァッンン…ッ


 この勝負で撃たなくて済む部位は、銃を握る利き腕だけだった。もう一つの救いと言えば、既に撃ち抜いた部位の出目が出た時は、全く同じ弾道で撃てばそこそこダメージを軽減できるってくらいだ。しかし弾倉を負った箇所は筋肉が収縮し、弾が素通りするなんて事はない。新品の風穴こさえるよりかはマシな程度だ。

 もう何回自分の身体をブチ抜いたか分からなくなってくると、痛みから逃れたいがためにネガティブな思考が頭の中を駆け巡る。もう負けでいいや…。ギブアップしちゃおうか…。そんな言葉が脳裏を横切る度に、内なる自分が喝を入れてくれて、ギリギリで踏み止まる事ができた。


「拓也、大丈夫か??ムリすんなよ」


「やかましいわ、たぁけぇ……。余裕に決まっとるがや…ッッ!!なめんなッ」


 この高桑の台詞は俺を気遣うものではない。そういう風に言えばこういう風に俺が返すと分かっていて吐いているのだ。そして、そう言ってしまった手前、俺はムリにでも余裕を演じなくてはならない。つまりコイツが言いたいのは、死んでも負けるなって事だ。高桑は俺を鼓舞する方法を良く理解している。

 寸での所で意識を保っていた俺は、霞んでいく視界の中で大量の脂汗を滲ませる澄人の姿を見た。一回のターンで負うダメージは二人とも同じだ。つまりこの勝負は単純な意地の張り合いなのだ。最初こそ澄人の気合いの入り様にたじろいでしまったが、コイツは痛みを無視できているワケではない。勝負の行方は五分と五分。いや、極限状態に陥れば勝利の風は俺のほうに靡く。


「はい、澄人クン。サイコロ振る番だよッ」


 何度目かの賽を澄人が振ると、これまでで一番ヤバそうな部位を示した。


「えーーと、出目は『十六』ッ。次は『へそ』だねッ」


 は?へそ!?へそぉッ!?待て待て待てッ!そんな所撃ったら最悪の場合身体が千切れるぞッ!上泉と下泉になっちゃうッ!!

 しかしここで逃げたら負けになってしまう。俺は痛みが支配する脳をフル回転させ、この局面をどう乗り切るか必死で考えた。その結果弾き出された結論を実行に移した俺は、マズルをへそに宛がい、トリガーを引く直前に銃口を思いっきり左に向けた。ちゃんとへそは撃ち抜いたが、内臓の損傷を最大限抑えた俺はやはり天才なのでは?

 そんな自画自賛に現を抜かしていたのも束の間、澄人のヤツはゼロ距離の真正面からヘソを撃ちやがった。これには俺も流石に焦ってしまった。コイツは俺が逃げの撃ち方をしたのを見逃さなかったのだ。それに比べて澄人は逃げなかった。ダメージの総量では俺が有利にはなるが、精神的イニシアチブは澄人に軍配が上がる。


「グフッッ!!…グ………ッ、グハァッッ……ッ!!」


 だけどもだけどだよ。そんな事したら身体への負担が膨れ上がるに決まってんだろ。案の定、澄人はその直後に大量の血を吐いた。ここで俺は気付いてしまった。澄人の銃に関する知識の無さに。

 コイツはカートリッジを見ても、それが何か分かっていなかった。そんなヤツが弾頭の種類なんか知ってるワケねぇよなぁ。これがラウンドノーズのメタルジャケットだったら澄人のやり方も正解の一つだっただろう。だけど、俺が使ってるのは『ホローポイント』なんだよ。人体内部をグッチャグチャにするのに長けた弾頭だ。精神的有利に立ちたかったお前の行動は、全くの『悪手』だったんだよッ!!

 こうなりゃ澄人がくたばんのも時間の問題だな。などと楽観的になっていると、後ろから思いっきり高桑に頭を叩かれた。


「拓也ァッ!!テメェ何緩んだ顔しとんだてェッ!!そうやって油断して負けた事が何回あった!?ええ加減その癖直せや、このダボがァァッッ!!」


「す……、すんません…」


 すっげぇ叱られた。反論の余地もないほどの正論で。でも俺、今すっげぇ危ないゲームしてんだから、ちょっとは優しくしてよ…。と、ベソかきそうになっていると、今度は俺がサイコロを振る番になった。意気消沈しながら賽を投げた俺は、何だか味方がいない様な憂鬱な気持ちを抑えられずにいた。


 ――――――――――………


「二人ともすごいねぇッ!こんなボロボロになるまでよくやるよッ!」


 あれから何発の鉛玉を身体にブチ込んだだろう。もう末端の感覚とかないんだけど…。両足なんかグチャグチャのブランブランで真面に立つ事もできなくなった俺たちは、机に手が届く所まで椅子を近づけ、座ったままでゲームを続けていた。

 相変わらずホローポイントの特性を理解していない澄人は、明らかに俺より深いダメージを負っていた。


「ちょ、澄人……。そろそろギブしやぁ……。マジで死ぬぞ…、おめぇ…」


「うるせぇ……。てめぇがオダブツになるまで…、ぜってぇ死なねぇからなぁ……。次……、いくぞ…」


 満身創痍の身体でサイコロを投げようとした澄人は、もう碌に腕を動かす事も困難な様で、サイコロはヤツの手から零れ落ちた。不本意な形で出してしまった目は、今までで一等ヤバい部位を示した。


「おぉーッ!ついに来たねぇッ!二人ともしっかり聞いてね。次は『左目』だよッ!!あ、澄人クンは撃ちにくかったら右目でもいいからねッ」


 おい、澄人。お前がちゃんと振ってれば、こんな所撃たずにすんだかも知れないのに…。何て事してくれるんだ、このボケェ…。

 そんな事言っていても始まらないのだが、これは本当に死んでしまう恐れがあるので、精神統一をするだけの猶予を貰えないか森本に尋ねた。彼は少しの間ならと、俺のワガママを聞き入れてくれた。


「あんず…、すまん…。俺のポッケからカナビス出してくれんか…??それと、ひーとん…。まだシャブあるやろ…??ちょっと分けて……ッ」


 あんずが取り出してくれたカナビスの紙巻と、ひーとんがくれたシャブを同時に摂取したかった俺は、机にシャブの結晶を置き、銃の台尻で小さく砕いた。ギリギリ言う事を聞いてくれる右手でなんとかシャブの粉をカナビスの紙巻に混ぜたのだが、必死に口で咥えたシャブカナに火を着ける事が中々できなかった。

 時間稼ぎだと思われるのも癪なので急ぎに急いだのだが、焦れば焦る程、身体の自由は奪われていく。このまま一生火を着けられないんじゃないかっていう不安が俺を襲っていると、あんずが救いの手を差し伸べてくれた。

 彼女は一旦俺から紙巻を取り上げると、自ら火を着け、その煙を肺一杯に詰め込んだ。そして、あんずは口移しで俺に吸わせてくれた。その行為自体が嬉しかったし、カナビスと共に舞い込んできたシャブは、俺の感覚から苦痛を取り除いてくれた。

 澄人も澄人で、この束の間のブレイクタイムに何やら一服を着けていた。この臭いはスパイス…。ちくしょう、まだ在庫が残ってやがったか。それにアイツの顔…。このターンで俺がくたばると期待してやがるな。だったら目に物見せてやる。勝利の確信はそんな曖昧な勝率なら、するべきじゃねぇんだよッッ!!


 シャブとカナビスで成層圏を突き抜けそうなほどハイになった俺は、右手に銃を取り、何の躊躇いもなく左目に向けて発砲した。


 …ッバァァッンン…ッ!


「気分がええでもう一発撃っちゃおうかなァッッ!!」


 …ッバァァッンン…ッ!!


「も一つオマケだオラァッッ!!」


 …ッバァァッンン…ッ!!!

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