第203話賠償3
成瀬澄人は俺らとの勝負の後、丁半の賭場に拾われたらしく、今はそこで壺振りをしているのだとか。アイツの手先の器用さなら、遺憾なくサマを発揮できるだろう。
高桑は丁半の賭場に勝負を持ちかけ、スパイスの販売を取り止めさせようとしたが、初戦で勝ちを得たものの、彼の襲来を予見していた賭場は既にスパイスの扱いを中止していた。その時の高桑の勝ちは空振りになったのだ。そして次の勝負を持ちかけられた高桑はそれを受け、負けた。その代償は俺と澄人とのガチンコだった。
「まだ負けの清算をしとらん俺らには拒否権もねーし、覚悟ができたらハジキを持って賭場に来い、だってよ。拓也…、お願いできるか…??」
「別にええぞ。ほんじゃあ、澄人と勝負する代わりに1000万貸してくれん??」
「は?そんくれぇだったら報酬としてくれたるわッ。っつーか何でそんなに貝がいるんだて」
その会話の流れでやなぎ家に貝一本をたかられている事を説明した。それを聞いていたひーとんは、俺がカツアゲされていると勘違いし、憤慨した。だが、それは俺も納得の上での賠償だと告げると、それ以上何も言わなかった。
ここで駄弁っていても仕方ないので、俺は早速賭場に出向こうとしたが、まだ昼にもなっていなかったので、マチコの店でできなかった休息を取る事にした。俺は気絶してたから日の境で回復できたが、その間ずっと活動していたひーとんは徹夜明けの状態だったのだ。
「今ちゃん、カナビス持ってる??」
「あるよー。残り少ねーけど。逆にひーとん、シャブ持ってね??」
「それならさっきみどりんから分けてもらったから、けっこーあるよ。でも珍しいな、今ちゃんが『冷たいの』欲しがるなんて」
俺はアッパーなネタよりダウナーを好むが、賭場が指定した『ハジキを持って来い』という条件が引っかかった。それに対戦相手が澄人だという事を重ねて考えると、何をやらされるかは大体の予想が付く。それを切り抜けるにはカナビスだけでは不足だと思ったのだ。
ひーとんは俺から受け取ったカナビスの紙巻を二口ほどで吸いきると、深いリラックス状態になった。少しの間、寝かせてあげよう。それとは裏腹に、ひーとんから分けてもらったシャブを炙って吸引した俺の脳は、すぐさまエンドルフィンやらドーパミンの過剰分泌に陥り、覚醒状態に入った。
落ち着かない気分を紛らわせるために、高桑と麻雀でもして時間を潰そうと思い、卓を一つ借りた。
「あんずもちょっとやってみるか??」
「……。はい、やってみます」
あんずのご立腹は収まっていなかったが、麻雀の誘いには乗り気だったようで、ふくれっ面のままそわそわと卓に座る彼女は、とても愛くるしかった。嗚呼…、ちゅーしたい…。
――――――――――………
「たくちゃんッ!!それローーンッッ!!これ何点ですかッ!?」
「あんず強いなー。どれどれ…、タンピンドラ1、30符の3飜で3900だなッ!4000渡すで100のお釣りくれるか??」
「はーいッ!」
思った通り、あんずは覚えが良く麻雀のルールもすぐ理解した様だ。もちろん俺も高桑も本気でやっておらず、殆ど接待プレーだったが、それでも彼女は麻雀を楽しんでいた。かわいい。
点棒のやり取りをニコニコ顔でするあんずは、それまでの怒りをすっかり忘れてしまっていて、100のお釣りを俺に渡す段になって漸く思い出したのか、一瞬顔を紅く染めたあとツンとそっぽを向き直した。あんずさん、それ逆にかわいいんですよ。嗚呼…、ハグしたい…。
「んあぁぁ~~……ッ!!なんか楽しそうな声がすんなぁ」
「お?起きた??ひーとんも一局どう??」
「俺はいいよ。そーゆーのよく分かんねーし」
ひーとんが目覚めるまで何局やったか覚えていないが、時間的には丁度いい頃合いで、俺たちは軽く身支度をして丁半の賭場に向けて雀荘を出た。出歩く際はあんずと手を繋ぎたかったが、差し伸べた手を彼女に無視されてしまい、首を括るのに最適な木を探していたのは内緒。
この時あんずは、フードを被れるレインコートではなく普段のワンピース姿で、思いっきり額の角が見えていたが、堂々とアヤカシを連れて歩く俺たちを咎める自警団はいなかった。おそらくはやなぎ家のおかみさんから、『俺が貝を持って来るまで自由にさせておけ』とか指示が出てんじゃないかな。
賭場までの道のりでは途中にもくもく亭を一軒通り過ぎたのだが、燃やし壊された店の前で立ち尽くすミコトの女の子が一人いた。スパイスを買いに来たら店が物理的に潰されてて途方に暮れているのだろう。
「おい、そこのッ!スパイスはもう買えんぞ。それよりもっといいのがあるから『'98』って店に行きゃあ」
「ダメなの…ッ!私…、スパイスじゃなきゃイヤなの…ッ!ね、ねぇ…、ちょっとでいいからスパイス持ってない??お代なら貝でも身体でも払うからァッッ!!」
その子も土気色の顔に脂汗を滲ませて、呼吸は今にも止まりそうなほど浅かった。これは完璧に重度の中毒だな。それならなおさらカナビスが有効だ。彼女を説得して'98に向かわせようとしたが、頑なにそれを拒んだ。どうしてもスパイスがいいみたいだ。
「もう二度とスパイスができないなら、死んだほうがマシだよぉッッ!!」
「そこまで言うならサクッと殺したるわ。あんず、頼む……」
「……。はい…」
手刀一閃。あんずが振り抜いた右手は、彼女の首を一撃で断ち切った。鋭さのあまり、胴体と生き別れた事に気付いてないんじゃないかなぁ。
天下の往来で行った殺しに、道行くミコトたちは多少の驚愕を見せてくれたが、関心を示す者は誰もいなかった。こんな事は都では日常茶飯事なんだろう。その無関心さは返ってありがたい。
それより、あんずは怒っていても俺の命令は聞いてくれるのか…。じゃあもう許してよ。と、思ったが、俺はまだちゃんとした謝罪を彼女にしていない。それを果すまでは、あんずの怒りが収まる事はないのだ。
そんな道中を経て、目当ての賭場まで辿り着くと、入り口には俺たちを迎える面々がいた。その中には澄人の姿もあり、穴でも空けそうな視線を俺に送っていた。面構えは俺らと麻雀していた時よりも遥かに険しい。ちょっと怖いがや。
「よぉッ!高桑クンッ!早速来てくれて嬉しいよ。その子が今泉クン??ようこそ、丁半の賭場へッ!」
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