第202話賠償2
ひーとんの慈悲で九死に一生を得た車夫の口から銃を引き抜いた俺は、それでもやっぱり腹の虫が収まらなかったので、行きがけの駄賃に台尻を彼のチンにブチ当ててやった。思いっきりバックブローで打ち抜かれた顔面の右側は、頬が破れ歯茎の内側まで露出していた。出血も酷い。っていうか見るに堪えない。
少しは憂さ晴らしになるかと思ったが、気持ちの面では大した変化はなかった。何なら余計な痛みを与えてしまった事に後ろめたさまで感じてしまった。何やってんだ、俺は…。
「お前もバカだなぁ…。上等くれんなら相手選べよ。今ちゃんに噛み付くには十年早ぇぞ」
ダメ押しのこき下ろしをひーとんから食らった彼は、痛みと悲しみに苛まれ、その場に崩れ落ちた。ここまで追い詰められたらコイツ自殺すんじゃねーの?だとしても俺には関係のない話だ。
やなぎ家の敷地を囲っている生垣を出ると、塩見と和政がアヤカシたちの面倒を見てくれていた。もちろんその中にはあんずもいる。さっきから続いている陰鬱な心境は、彼女への罪悪感もかなりの割合を支配していた。
俺はあんずの前で、他の女とがっつりキスをしている場面を見せてしまった。そうすれば起こるであろう事態を逆手に取って三谷を殺した俺は、どの面下げてあんずと顔を合わせればいいのか。
「あ…、あんず……」
「……。ふんッ!」
声をかけた途端にそっぽ向かれたのは精神に大きなダメージを負わされたが、その仕草自体はとても愛くるしかった。だけど、そんな事に現を抜かしている場合ではない。本当にあんずに嫌われてしまったら、腹掻っ捌いて首を括るしかない。そうならないためには今回の事をどう取り繕うか。それだけを考えながら、みんなとマチコの店を目指した。
その道中、都で起きた異変が分かりやすく俺たちの前に表れた。ここは確か初めて都に来た時にひーとんと立ち寄った『もくもく亭』だ。それが物の見事に崩落している。ただ崩されただけではなく、火を着けられた様にも見える。
「アイツら上手い事やったなー。火が他所に移らねーように解体までしてあんじゃんッ」
これは、ひーとんたちが自警団の本部から脱獄させたならず者たちの仕業らしい。こんな感じで都に四軒あるもくもく亭は、全て瓦礫の山と化した。スパイスの供給はもうできない。後はスパイスの需要をなくす事ができれば、俺たちが抱えた懸念は収束を向かえる。
そう安堵していたのも束の間、'98に着くと目を疑うほどの光景が広がっていた。あんな小さな店の前にとてつもなく長い行列ができている。状況を把握するために無理矢理割り込んで店内にはいると、マチコのヤツが目をグルグルさせながら泡喰っていた。
「あッ!みどりたち戻ってきたならこっち手伝ってよッ!!私だけじゃ手に負えないのッ!!」
どうやらスパイス中毒者が、粗悪なドラッグに代わる上等なネタが手に入ると聞いて群れを成していたみたいだ。中ではヨシヒロによる問診と、カナビスの処方が行われていて、中毒に応じて与える量に違いを出していた。カナビスは無限にあるワケではないので、なるべく重度の患者に多く与えていたのだ。マチコは受付と清算業務に追われていた。
カナビスの評判は上々の様で、既に回復した軽度の中毒者からの絶大な支持で、この行列に拍車をかけていた。これを見れば、スパイスの人気は地の底に沈んだと言っていいだろう。
「こっちはこっちで大変そうだがや。ほいじゃ、俺は雀荘に顔出してくるわ。女の子とアヤカシたちは、ここの手伝いしたって」
'98での休憩は望めそうになかったので、俺は高桑の所に行く事にした。ちょいとばかしの貝を借りるために。
――――――――――………
「何でひーとんが着いて来るの??」
「俺もやる事ねーからなッ。今ちゃんに付き合うよッ」
別にそうしてくれるのはひーとんの自由だからいいんだけど、借金しに行く所を友達に見られるのイヤだなぁ…。っていうか、その場面を見られたら、やなぎ家に1000万もたかられているのを説明しなきゃいけない羽目になる。まぁ、体裁を取り繕う必要もないからいいんだけど…。
それよりも気になるのが、未だにふくれっ面で俺とひーとんの後を追ってくるあんずだ。彼女の憤慨具合から見て、俺と一緒にいたくないだろうからと思ってアヤカシたちを'98に残してきたのだが、あんずったら俺に着いて来ちゃった。一体どういうつもりなんだろう。
「あ…、あんず…??気に入らんのならムリに着いて来んでええぞ…??」
恐る恐る投げかけた俺の台詞は、彼女の機嫌をさらに悪くする要因となってしまった。全く的を得ていない俺の気遣いに、あんずの堪忍袋は緒が切れてしまったみたいで、重く閉ざしていたのを開いた彼女の口から出てきた言葉は、俺をハッとさせるものだった。
「たくちゃん…、約束したじゃないですか…。ずっと一緒にいるって……。……もう、約束やぶらないでください…ッ」
俺はこの時になって漸く気付かされた。都に来てから、随分あんずとの約束を蔑ろにしていた事を…。これまで俺の勝手なワガママは、あんずに甘えていただけだという事実が明らかになってくると、自分の不甲斐なさというか情けなさに吐き気を催した。自己嫌悪に精神全てを苛まれるこの感じは、ミカドと成った今でも変わらないのか…。
結局陰鬱な気持ちを取り除けないまま高桑の所有物となった雀荘に足を踏み入れると、いきなりの喧噪が俺たちを襲った。どうやらここでもトラブルの種が発芽していた様だ。
「あッ!!おいッ、拓也だがやあぁぁッッ!!丁度よかった、お前を呼びに行こうとしとったんだわッ!!」
聞けば高桑は、雀荘を手中に入れた後、他に三軒あるという賭場を尋ねた。目的は、スパイスの販売を取り止めさせる事。
この雀荘は、都の賭場の中では『盤』と呼ばれていて、将棋やチェス、オセロなどのボードゲームを扱う賭場だ。その他には、『札』『丁半』『物見』がある。高桑は、『札』の賭場を制圧する事ができたが、『丁半』の賭場での勝負で敗北を喫してしまったらしい。
負けた高桑は貝を払おうとしたが、丁半の賭場が彼に提示した負けの代償は、『もう一勝負』だった。
「別にもっかいバクチ打つのはええんだわ。問題は、次の打ち手に拓也を指名した事なんだわ…。ほんでお前の対戦相手がな……、
『成瀬澄人』なんだわ……」
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