第200話容易い決着2
三谷にご褒美を与えようとする俺は、彼女が何を欲するか大よそ見当が付いていた。そんな三谷の気持ちとあんずの気持ちを利用して、俺はこの状況を打開するつもりだった。結局俺は、自分本位で身勝手で、自己中心的な、浩と変わらないクソ野郎なのだ。
「テ…ッ、テメェらァッッ!!その女はなァッ、もうスパイス無しじゃ生きられねぇくらいの中毒なんだよォッ!!拘束を解いたくれぇでいい気になってんじゃねェぞッッ!!ソイツの生殺与奪の権利は俺が握ってる事忘れてんじゃねェだろォなァッッ!!」
虫の羽音並にうざったい台詞を吐く浩に、ゆったりとした動きで近づいたひーとんは、力任せにヤツをぶん殴った。その一発で顎を砕かれた浩は、今まで受けた事のない暴力に、一瞬の内に意気消沈していた。
「すこし黙ってろ、クソガキ…」
浩の言葉が本当なのだとしたら、スパイスの生産と供給の元を絶ってしまった事で、三谷の生命は絶望的なのだろう。この先彼女を生かしておきたければ、浩の頭の中にあるスパイスのレシピが必要になってくる。ヤツはまだ、自分に存在価値があるものだと思い込んでいるのだ。
だが、俺たちの本来の目的は、スパイスの根絶だ。それを完遂させる為に、俺は幼馴染の命までベットしたのだ。だったらこのジャックポットは必ず揃えなければいけない。…いや、必ず揃うのだ。
「私ね……、私ね……、たくちゃんにお願いしたいこと…、いっぱいあるんだぁ……」
「おう。何個でもええぞ。どんなお願いだって聞いたるでな…」
「へへ…。じゃあ最初のお願いはね……、下の名前で呼んでまいたいなぁ…ッ。ほんで…、まぁいっぺん褒めてまえたらなぁ……」
この局面になって、三谷は訛りを取り戻したみたいだ。思いっきり名古屋弁になっとる。やっぱコイツはこうでなくちゃ。ムリに花魁言葉や標準語で話されるより、こっちの方が何倍も彼女らしい。そしてその訛りに、やたらと色気を感じる。
「今さらそう呼ぶのは、でぇらハズいがや…。まぁでも、ご褒美だでな…。んんッッ…。
し…、しおり……、よぉやったぞ。えらかったな。ほんと良く頑張ってくれたわ…。ありがとな…、しおり……」
「やだぁ……っ。こっちまで恥ずかしくなってまうがね……。でも…、嬉しい…ッ」
俺はきっと今、顔が真っ赤になってるんだろうな…。何か動悸も激しくなってるし…。緑や桃子の事は平気で呼べるクセに、三谷相手だと何でこんなに照れくさいのか。ちょっと何とかしろよ、お前たち。
「ねぇねぇ…、たくちゃん……。ついでに、『愛してる』って言ってくれん……??ほしたら私、もっと嬉しいなぁ……ッ」
「お前…、どえらい要求してくるがや…。顔から大仁田敦(ファイヤー)が出るわッ。
しおり…、愛しとるぞ……」
「すごぉい…っ。でら嬉しい……ッ。たくちゃん…、私も愛しとるよぉ……ッ」
もちろん俺の言葉は本心ではない。三谷がどれだけべっぴんでも、どれだけ良い女でも、俺の一番はあんずだからだ。それでも彼女は、俺のハリボテな台詞を喜んだ。そして、そんな三谷をやっぱりかわいいと感じた。その時、心の底の底に沈めていた気持ちが浮上し、思い出してしまった。ガキの時分、俺はコイツが好き好きで、大好きだったのだ。
もしも…、もしも俺の人生が平凡で、家族も誰一人欠けず、人並の幸せを謳歌していたなら、三谷と恋仲になる青春を送れたかも知れない。そして結婚し、子供を作り、温かい家庭を育めたかも知れない。最期は愛する家族に見守られながら、『いい人生だった…』なんて言えたかも知れない。そんなあり得もしない『if』をある程度想像してしまった所で、俺は小さく吹き出した。
確かにそんな幸せも正解の一つなんだろうが、人並の平凡な人生なんかで、果たして俺は満足できたのか。…多分、できない。っていうか、しない。好きな人生を選べるとしたなら、俺はもう一度『この』人生を選択する。だってこっちの方が、『俺らしい』んだもん。
「たくちゃん…っ。最後に、まぁいっこだけ……。お願い…、私にキスして……」
コレだ…。俺が三谷にして貰いたかった要求は、コレだ…ッ。そりゃこんなかわいい女の子とキスできるなら、幼馴染冥利に尽きるってもんだ。だけど、そんな下心など俺にはなかった。
俺は三谷の身体を抱き寄せ、一度じっくり目を合わせてから唇を重ねた。過去の想いをぶつける様に、何度も何度も唇を重ねた。優しくて柔らかい彼女の感触を確かめる様に、何度も何度も何度も何度も………―――。
『なぁ、もし俺が別の女とこういう事したら、どーする??』
『はいッ。ぶっ殺しますッ!』
――――――………、ズブシュ……ッッ!!
流石はあんずだ。俺が三谷とこういう事をすれば、彼女は俺ごと三谷をぶっ殺してくれると思っていた。たったそれだけの為に、あんずに辛い思いをさせてしまったのは忍びないのだが、三谷を救うにはコレしか思いつかなかったのだ…。
だけどおかしいな。俺はてっきり銃声が聞こえるもんだと思っていたのだが…、『ズブシュ』??何の音やねん。そんな疑問が頭を過ぎった瞬間、ソフトボールくらいのゴツゴツした石が音速で身体を突き抜けた様な痛みが襲いかかった。目を開けると、あんずの右腕が俺と三谷を貫いていた。スケベ椅子ん時みたい。
あんずさーーんッッ!!ちゃうーーゆうのッッ!!何の為に銃を渡しといたんやーーって。っつーかコレはヤバいッッ!俺が覚悟してたのは、45口径の痛みまでだ。想像を遥かに超える衝撃に、俺はパニックになった。そんな俺などお構いなしに、腕を引き抜いたあんずは、その場で泣き崩れてしまった。
あ、そっか。セフティ解除してなかったわ…。
「うぅ…っ、うぅ…っっ。うわああああぁぁぁぁぁぁぁあああんッッッ!!!たくちゃんのばかああああぁぁぁぁッッ!!」
あんずの貫き手は三谷の心臓を破裂させていて、この時点で彼女は息を引き取っていた。俺の脳裏に刻みこまれたのは、重ね合わせた唇から伝ってくる三谷の生血の温かさだった。
三谷の身体を支えるだけの力も出せなくなった俺は、活動の限界を迎える前に何とかひーとんに近づいた。こうなるであろう事を前もって知らせておいたので、『後は任せた』という意味を込めてバトンタッチの手を上げると、その意を汲んでくれた彼は、力一杯俺の手を叩いた。その衝撃を最後に意識が途切れてしまった俺の腕は、あり得ない方向に曲がっていた。はい、訴訟。
「拓也のヤツ…。やるなぁ…ッ!こんなやり方で盤面ひっくり返しやがったッ」
「だから今ちゃんはヤベぇんだって。それより、このクソガキどーしてくれようか…」
人質であるはずの三谷が事切れてしまった今、浩を生かしておく理由は何一つなくなった。後は煮るなり焼くなりどうにでもできる。残された道は破滅しかない浩に悠々と歩み寄るひーとんと緑は、その途中で桃子を呼びつけた。
「桃子ーーッ!!いつまでもメソメソしてんじゃねーぞッ!!拓也があれだけのガチ見せてくれたんだ。お前もちったぁ気合い入れろッ」
「そうそうッ。なんたってコイツはコウヘイの仇でもあんだからよぉッ。始末はももたんが着けたっていいんだぞッ」
二人に囃し立てられた桃子は、涙を拭いながら立ち上がり、夜叉の様な表情で制裁を加えに行った。トチキチヤンキーと腐れジャンキー、そしてブチ切れモードの桃子による浩への断罪は、数時間に及んだと言う。その間、ジッと目を閉じていた弟の和政は、何を思っていたのだろう。
こうして俺たちの『スパイス撲滅作戦』は完全勝利の内に幕を閉じた。
……しかし、都全体を巻き込んだこの乱痴気騒ぎの収束は、まだ先の事なのだった。
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