第199話容易い決着1

 ドゴオオォォォォォォッッッンンン………ッッ!!


 ギヤをトップに入れたまま工場の出入り口に差し掛かると、かなりの轟音と共に空間が入れ替わった。音の割には衝撃が少ない。本来なら扉のすぐ向こうは下りの階段になっているいのだが、バイクに跨った俺たちが落下する事はなく、水平方向への移動を保ちながら無機質な室内へ誘われた。

 ぶっつけ本番にしては、上々の成果に胸を撫で下ろしたのも束の間、見覚えのある部屋と顔ぶれ、そして不快な悪臭が俺の神経を逆撫でした。


「拓也ッッ!!ひーとんッッ!!遅ぇんだよ…、ったく」


「たーけぇ、緑。最短最速で来たっちゅーねん。何か知らん顔がいくつかあんな…。誰??ソレ」


 俺の疑問に答えてくれる余裕があったのは、ひーとんと緑の二人だけだった。彼らによると、入り口の脇に陣取っていたミコトは『羽根田和政』。ヨシヒロたち治療班に尽力し、桃子を匿ってくれていた浩の弟らしい。コイツが敵なのか味方なのかは分からないが、俺らの邪魔するようなら消しても構わない存在だろう。

 もう一人のお初は、スパイス工場で出会ったアヤカシで、既にひーとんと主従関係を結んでいるという龍のもののけ、『リュウジ』だった。聞けば彼もスパイスの生産に携わっていた様だが、工場が壊滅した今、浩に尽くす義理はなくなったんだとか。


「たくちゃーーんッッ!!だいじょうぶでしたかッ!?たくちゃんを守れなくて…、ごめんなさい…ッ」


 和政とリュウジの素性を聞き、バイクから漸く降りようとする俺の胸に、あんずが飛び込んできた。昨夜は俺の不注意で彼女までも危険に晒してしまったのだが、そんな俺を差し置いて、あんずの方が先に謝ってきた。俺がもっとしっかりしていれば、昨日の時点でケリが着いていたかも知れないと言うのに…。


「あんずが謝る事ねーがや。俺の方こそすまんな…。お前に寂しい思いさせてまった…。この埋め合わせはちゃんとするでよ…、まぁちょっと俺の我が儘に付き合ってくれるか??」


 あんずは俺の言葉に返事をしなかったが、無言で抱き着く彼女からは承諾の意思が伝わってきた。今にも泣きそうなあんずを、これからもっと泣かせる羽目になると言うのに……。


「テメェ、今泉ぃッ!!派手な登場かましやがって、イチイチ癪に障る野郎だな…。それよりよぉ、お前らコレで全員じゃねぇだろ。もう一人情報屋でちょこまかしてるヤツがいるのは分かってんだよ…。ソイツ連れてこねーと、この女は返せねぇぞッッ!!」


 浩が何やらブツブツ言ってるのは気付いたが、雑魚の言葉など俺の耳には届いていない。もうコイツは俺の中で存在していないのと変わらないのだ。

 それにしてもこのボケ、これだけギャラリーがいるというのに、三谷を犯すのを止めないのか…。他人に見られてる方が興奮する類の変態なのかな。クソどーでもいいけど。


「緑、三谷の様子はどうだ??無理にスパイス吸わされて、無事なワケないと思うんだけど…」


「あぁ…。見るからにヤベぇ…。中毒症状がかなり進んでる上に、犯され続けて疲弊しきってる…。下手すりゃ下手するかも知れねぇ……」


 高桑のカノジョや三谷の友達の様に、重度の中毒者を何人か見てきたが、その子たちは長い期間をかけてスパイスに蝕まれていった。それに比べ、三谷はスパイスに対する免疫をもたないまま一気に中毒にさせられた。それがどれだけ危険な事か、薬物のスペシャリストである緑はイヤと言うほど理解できてしまう。だから彼女は切羽詰まっていたのだ。

 でも俺には焦りなど一片もなかった。仮にここで三谷の窮地を救い、ヨシヒロの治療を受けさせた所で、遊郭に身を落とした挙句、こんなクズの慰み者にされた事実からはどうやったって彼女を癒す事はできない。だから俺は、三谷の地獄を根本から覆したかったのだ。


「もう丸一日近く抜かずの連チャンだからなッ、この女のアソコは俺の形を忘れられねーだろぉなァッッ!!スパイスさえありゃ、あと一月はブっ通せるぜェッッ!!」


 浩の言葉が、ひーとんと緑の逆鱗に触れた事は分かった。本当なら二人ともこの下衆野郎を粉微塵にしてやりてぇに違いない。そうできないのは三谷がいるからだ。軽率な行動は彼女の死に直結する。

 だからと言って、ひーとんたちのストレスを放置するのも精神衛生上よろしくない。彼らの鬱憤を晴らす機会を作るのも俺の役目だ。


「はぁ…。っしょーもな…ッ」


 俺は溜息を漏らしながら愛銃をホルスターから抜き、銃口を三谷に向けた。その行動に冷や汗を滲ませる仲間たちを後目に、俺は引き金を引いた。


 …ッバァァッンン…ッ


「お…、おい……、今ちゃん…?」


 放たれた弾丸は三谷の頭上をかすめ、天井に繋がれた鎖の一コマを断ち切った。安全を考慮するなら、もっと頭から離すべきだったが、そうすると垂れ落ちてくる鎖が長くなり、三谷に痛い思いをさせてしまう。俺は、『不要な』苦痛はこれ以上彼女に与えたくなかったのだ。


「三谷ーーッッ!!もぉええぞォッ!こっち来やぁッッ!!」


 いきなりの銃声に度肝を抜かれた面々は、俺の言動が意味する事を即座には理解できなかった様だ。しかし、当事者である三谷は銃声に驚く事もなく、自由になった身を俺の方へと歩かせた。その途中、それまでの従順な態度が演技であった事を悟らせるべく、一度浩の方へ振り返り、上っ面だけの笑顔をヤツに振り撒いた。


「じゃ、バイバイッ!コ・ウ・く・んッ♡」


「…へ??」


 絵に描いたようなアホ面を晒した浩は、完全に三谷の心を掌握したと勘違いしていた。本当にアホやな、コイツ。お前がどうこうできるほど、三谷は安い女じゃねーんだよ。そんな事も分かんねーくらいドタマいかれてんなら、救い様がねぇわ。

 しかし、三谷が疲弊している事実に変わりはない。俺の元へと駆け寄ってくる彼女の足取りは、今にも崩れてしまいそうだ。


「あんず、すまん。あそこに落ちとる三谷の着物を拾ってきてくれんか?」


「はッ、はいッ!」


 投げ捨てられていた着物をあんずが拾ってくるよりも、三谷の到着は遅れていた。俺から歩み寄ってもよかったんだけど、それは違う気がした。彼女が自分の足で俺の所まで来る事が、浩への精神的ダメージになると考えたからだ。

 漸く手の届く距離まで三谷が近づくと、あんずが拾ってきてくれた着物を身体に覆ってやった。彼女の身体は、人の体温とは思えないほどに低下していて、小刻みに震えていた。こんなボロボロになるまで我慢させてしまった事を、どうやって償おう…。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、三谷は俺の胸の中で微笑んでくれた。


「よかったぁ…。たくちゃん、ちゃんと迎えにきてくれたぁ…。やっぱりたくちゃんは…、王子さまだね……ッ」


「たわけ。王子さまならお姫さまをこんな目に合わさんわ…。でも、ようやったぞッ!お前のお陰でこのケンカ、俺んたぁの勝ちだ…」


「えへへ~…。たくちゃんに褒めてもらったの…、初めてかも…。私、やっとたくちゃんの役に立てたぁ…」


 クソが……ッ。そんな事の為にここまでしろなんて、誰が言ったんだよ…ッ。こんな事になるなら、ガキん時もっとコイツを褒めておくんだった……ッ。そうすれば……、そうしてれば……ッッ。

 今さら考えても仕方ないのに、後悔の念を禁じ得なかった俺は、最後の仕事の前に1911をあんずに手渡した。あんずは戸惑いを隠せていなかったが、彼女ならコレの意味する所を汲んでくれるだろう。

 俺が今からする事、今からあんずにさせる事は、もしかしたらみんなに軽蔑されるかも知れない。それでも俺は自分が信じる道を選んだ。っていうか、コレ以外の解決法が俺にはなかったんだ…。


「イチバンの働きをしてくれた三谷には、ご褒美をやらなかんなぁ。何か俺にして欲しい事あるか??この際だで、なんでも聞いたる…。なんだってしたるぞッ」


「ほんとぉ…??……、それじゃぁねぇ………―――」

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