第198話合流3

 日の出と共に活動を開始した緑は、塩見と二人でアヤカシたちの回収に向かっていた。捕えられたアヤカシは、ミコトとは別の場所に収容されるのだが、それが何処なのかは目星が付いたらしい。そこまでの道案内を買って出てくれた塩見は、都及びその周辺の地理に明るい。

 彼女のお陰で難なくアヤカシを回収できた緑たちは、アヤカシ収容所から直接羽根田兄弟の持つ施設に通じる通路を発見し、乗り込んでいった。その途中に桃子と連絡を取り合って、無事に落ち合えた彼女たちは、浩の部屋に押し入っていったが、そこで目にしたのは、鎖に繋がれ甚振られている三谷だった。

 その現場を目撃してしまった桃子は酷く取り乱してしまい、重ねて部屋に充満するスパイスの煙でパニックに拍車が掛かり、収集が付かなくなった。

 依然、浩はいつでも三谷の命を奪える状況にあり、緑は激昂しながらも手が出せないでいた。彼女は三谷の命を最優先に考えてくれたのだ。しかし、それ自体がジレンマとなり、膠着を余儀なくされた緑は耐えかねず俺らに助けを求めたのだ。


「緑、とりあえずは落ち着いてくれん?そこで一等頭がキレんのはお前だ。無駄にヤツを刺激せんと、現状を維持してくれりゃええでよ…」


《んな呑気な事言ってられっかッ!目の前で女の子が嬲られてんだぞ…ッ!!そろそろ堪忍袋が限界なんだよ…ッ!!》


「羽根田は俺ら全員をしょっ引きてぇらしいもんでよ、俺らが行くまでは下手なマネせんだろ。それまでは三谷にヤツの相手させとくのが最善だ…」


 俺の提案に異議を唱えた緑は、俺の人格を否定する様な罵声を浴びせてきた。彼女も相当切羽詰っている感じだ。だが、俺は三谷がどうでも良くなってそう言ったワケじゃない。この状況自体が三谷の手柄であり、浩が彼女をオモチャにしている間、捕えられているのは実はヤツの方なのだ。

 緑たちが今見ている光景を目にした時、俺も悲観と絶望をしたが、意識が途切れる寸前に合わせた三谷との視線からは、彼女の意思や意図が伝わってきた。アイツは頭と要領は悪いかも知れないが、丸っきりポンコツというワケではない。それこそ、特殊能力と呼んでいいスキルを持っているのだ。


 三谷との思い出は、その殆どが団地で遊んでいた時のものだ。俺は『ケードロ』をやる際、彼女を守るつもりでいつも同じチームに入れていた。しかし、三谷は守られているばかりではなかった。捕まって牢屋に入れられている間、彼女は相手の見張り役とよくお喋りをしていたのだ。

 俺の幼馴染である三谷は、贔屓目なしにしても近所でイチバンのべっぴんさんだった。加えて愛想の良さもアイツの武器で、彼女とお喋りをする見張り役はみんな鼻の下を伸ばしていた。なんなら、三谷と会話がしたいがために見張り役の取り合いをしていたくらいだ。

 そうやって三谷が敵を引きつけてくれている間の動きやすい事と言ったらなかったなぁ。アイツは自分の能力をよく理解していて、出来る限り俺の役に立ちたかったんだろう。当時の俺は、『そんな事しなくていいから…』と常々思っていた。今からすれば、あれはただのヤキモチだったんじゃないかな。


「今ちゃん…、いいのか??大事な友達なんだろ…?」


「大丈夫だて。アイツはそんなヤワじゃあれせんでよ。俺がケリ付けに行くまでは持ち堪えてくれる…。

 それより、ひーとんに一つ頼みがあるんだわ……」


 俺はこの乱痴気騒ぎをどう納めるか、粗方の絵図をひーとんに伝えた。その中で、俺は途中退場を強いられる事になる。その後の事は彼らに任せるしかない。結局、俺一人では、事を成すのは不可能なのだ。逆に言えば仲間がいるからこそ、自分を単なる駒として動かす事ができる。最終的に勝を得られるのであれば、俺は『歩』で構わない。まぁでも、歩を舐めてっと痛い目見るけどな。

 その話を聞いている最中、無意識に放つ俺の眼差しから感じ取れるものがひーとんにはあったらしい。やはり彼は、ミコトとして大分先輩の様だ。


「……。今ちゃん、『月』では『てめぇ』に会えたか??」


 彼の質問に、昨日までの俺だったら答える事はできなかったかも知れない。しかし、『ソレ』を経験してしまった今なら、この言葉の真相は火を見るより明らかだ。俺はとうとう『手水政策の深淵』に足を踏み入れてしまったのだ。だが何も恐れる事はない。だって俺は………、


 この世界の『アラヒトガミ(現人神)』に成れたのだから―――。


「残念な事に会えたのは氏家だけ。俺はそれで良かったと思っとるよ…」


 気付けば雨脚はさっきよりも確実に強くなっていた。これからまたバイクで移動する事を考えると、この雨は厄介だな。路面は滑るし、当たると痛ぇし、何よりバイクが汚れる。せっかくGT-Rおじさんから貰った名車なんだから、俺は大事に乗りたいのだ。

 晴れて『ミカド』の仲間入りをした俺は、その片鱗をひーとんに見せ付けようとホルスターから1911を抜き、銃口を空に向けた。


「何してんの??今ちゃん」


「カナビスの収穫するヤツらにもこの雨は邪魔だろうと思って……よッッ!!」


 そう言いながら放った一発の弾丸は、都上空に鎮座する雨雲を蹴散らし、太陽と青空を覗かせた。俺だってこのくらいできるんだぜ、と自慢気な顔をひーとんに見せると、満面の笑みを浮かべながらハイタッチを要求してきた。同じミカドとして俺を認めてくれたみたいだ。だけどひーとん、アンタとのハイタッチは二度としねぇ。腕がイカれるかと思ったわ。もし折れてたら訴訟問題やぞ。


「しっかし、どーやって羽根田んトコまで行けばいいんだ??今ちゃん知ってる??」


「いっぺん行っとるで分かるけど、バイクじゃ都ん中走れんやろ?思ったんだけどさぁ、スパイスの工場もヤツらの部屋に繋がっとるんじゃねーの??っつーかそうゆー事にしよまいッ」


 勝手なこじ付けで空間を捻じ曲げる事を決めた俺たちは、再びバイクに跨り来た道を戻った。ハンドルは俺が握ってる。ムダなコールを切るひーとんに運転させてたら、その内ガスケットが突き抜けそうだからな。

 絶妙なダブルクラッチでギヤを上げていったZ2は、150キロの速度を超えて疾走していた。アクセルにはまだ余裕があるが、これ以上開けるとおっかなくておしっこ漏らしそう。

 やがて俺たちの視界に工場の出入り口が表れたが、俺には減速するつもりなど微塵もなかった。このままひーとんがぶっ壊していた扉を通り抜ける。そうすれば浩の部屋まで最短で辿り着ける……って事に『した』。


「ひーとんッッ!!ビビんなよォォォッッ!!」


「上等だッッ!!かかってこいやァァァッッ!!」

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