第197話合流2

 俺の愛車に跨って近づいてくるひーとんは、『タンタカタンタカタンッ』と、子気味良いコールを切っていた。流石はガチの暴走族だ。でもソレ俺のバイクやぞ。

 勢いそのままに結構なスピードで側まで寄ってくると、ケツをスライドさせながら俺の目の前で停車した。ぶつかるかと思ったわ。


「お待たせー、今ちゃんッ。おはよー」


「わざわざすまんね、ひーとん。つーかでぇら吹かしてくるやんッ」


 ひーとんがいつもと変わらぬ笑顔で声をかけてくれたお陰で、さっきまでの陰鬱とした気持ちが少し和らいだ。とは言っても、問題の根本は何も解決していない。結局俺は、その正念場に赴かなくてはならないのだ。しかし今の俺には頼れる仲間がたくさんいる。それだけで勇気が貰える気がしたのは、これが初めてだったかも知れない。

 不安感と高揚感が入り混じったアベコベな気分を落ち着かそうと、俺は一本の紙巻をひーとんと分け合いながらカナビスをキメた。天へと昇って行く煙を目で追っていると、さっきよりも雨脚が強くなっている様に感じた。


「あ、そーだ今ちゃん。都に戻る前に、ちょっと用事に付き合ってもらっていい??」


「ん?別に構わんけど…」


 彼の話では、マチコの店で中毒患者への治療を行っているヨシヒロの手元に残っているカナビスが底を突きそうだと言うのだ。それだけの量を消費したという事は、ヨシヒロに救いを求める中毒者がそれだけいたという事だ。しかも、重度の中毒に対する治療法も既に開発済みらしい。さらにひーとんは、一緒に脱獄したならず者たちを使い、もくもく亭の壊滅を実行した事も教えてくれた。


「ヨッシーが言うには、畑に蒔いたカナビスがそろそろ収穫できる頃らしいんだわ。それで、スパイス工場に詰め込んどいたもくもく亭の売り子どもがヒマしてっからさ、ソイツらに刈り取りさせようかな、と思って」


 自警団に捕まってたヤツらの他に、売り子たちまで懐柔していたとは…。ひーとんたち襲撃班の活躍っぷりたるや目を見張るものがある。それに比べて俺ときたら、雀荘で麻雀して、ラブホであんずとお風呂に入っただけだ。俺いらなかったんじゃね??

 とにかくこれで俺たちは、スパイスの工場・売り場を制圧し、ユーザーの依存も解決した。スパイスの価値は、この時点でゼロに等しくなった。スパイスを生業としている『羽根田浩』への包囲網は、より完璧なもになっていった。

 しかし、それが突破されてしまうかも知れない危険を孕んでいるのが三谷の存在だ。彼女が羽根田に嬲られたままでいいはずがない。三谷の救出を目論む俺にとって、彼女は有効な人質カードなのだ。だがそれは羽根田にも言える事。彼女は盤上を覆す、俺の切り札(ジョーカー)でもあるのだ。


「ほいじゃー、工場までケツに乗せてってよ。あ、あとあんま吹かさんでよッ。エンジンいかれてまう」


「任してッッ!!今ちゃん、振り落とされんなよォッッ!!」


 そう言ってひーとんは、爆音のコールを轟かせながら工場までの暴走を始めた。俺の言った事何も聞いてないじゃないか。


 ――――――――――………


 工場へと向かう道中、雨は本降りになっていた。水に濡れた泥道を走るひーとんは、この状況でもバイクをちゃんとコントロールしていて、スッ転んでしまう様な恐怖は感じずに済んだ。だけど、90キロ近いスピードで雨に当たると、貫通しちゃうんじゃないかってくらい痛い。ほぼ散弾銃やで。

 顔面に降り注ぐ雨の痛みが冗談じゃなくなった頃、漸く工場へとたどり着く事ができた。


「よーこんなちっちぇ入り口見つけられたもんだなぁ…」


「まぁこれは偶然だったんだけどなッ。それより中に入りなよ」


 まるで自分の家かの様に招き入れてくれたひーとんに先導され、工場の中へと押し入っていった。廊下の先にある扉を開けると、既に破壊し尽されたラボの設備と、既に事切れたミコトの死体がいくつも転がっていた。その殆どが尋常じゃない壊され方をしている。

 ラボをやり過ごし、奥へと繋がるドアを開け、宿直室を目指した。売り子の連中はそこで待機しているらしい。無機質な廊下を進んで行くと、ある部屋の前で直立する一人のミコトがいた。良く見ると、その子の両手足は指が全て落とされていた。何があったと言うのだ。


「よーッ!小間ちゃんッ!変わりはねぇ??」


「はい。あれから誰もここに来ていません」


 どうやら彼は、ひーとんからの拷問を受けた後、緑によってマリオネットにされてしまった様だ。気の毒な事この上ないけど、これも作戦の内だから仕方ないよね。小間ちゃんと呼ばれた彼が番を務めていた部屋に入ると、五人ほどのミコトがヒマを持て余していた。


「待たせたなぁ、お前らッ!!仕事ができたぞーッ!!今すぐでかけっから支度しろーッ」


 ひーとんの登場に一瞬たじろいだ彼らだったが、号令に従い全員が席を立った。仕事の内容は歩きながらでいいと言うひーとんに連れられ、売り子の面々は地上の出入り口に向かっていった。彼らを支配しているのは、ひーとんの恐怖だ。おそらくはトチキチヤンキーの暴力を目の当たりにしてしまったんだろう。可哀想に…。


「お前らには、東壁外の畑に植えた『カナビス』ってゆー植物を収穫しに行って欲しい。現場には『ハクト』ってゆーアヤカシの女の子がいるから、作業の事はその子に聞け。小間ちゃんも同行させっから、逃げてもムダだぞ。分かった??」


 確認を求められた売り子連中は、必要以上に首を縦に振った。まるで赤べこみたいだ。

 ひーとんが仕事の内容を話し終える頃には、全員が外に出ていた。雨はさっきよりも強い。しかし、そんな事を彼らに気遣うつもりなどさらさらないひーとんは、捲し立てる様に手を叩きながら彼らを急かした。


「はいッ!ダッシュダーッシュッッ!早くしねーと日が暮れんぞーッ!!昼までに終わんなかったら全員脛叩き折っからなーッ!!」


 それを聞いた面々は、一目散に駆け出していった。ひーとんの言葉が単なる脅しではない事を本能的に理解している様だ。っていうか、小間ちゃんもよく指のない足で走ってくよな。

 この雨の中ご苦労なこって…。と、思いながら彼らを見送っていると、俺とひーとんの耳に緑からのコールが届いた。


《拓也ッ!ひーとんッ!できたら返事くれぇッ!!マズい事になった…。私らだけじゃ解決不能だ…ッ!早く来てくれぇッッ!!》

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