第196話合流1

「ほいじゃー、俺はそろそろ行くわ」


「帰り方は分かる?今泉くん」


「ええ加減思い出したわ。『今回の俺』だけでも三回目だでな…」


 氏家との会話の中で、蘇ってきた記憶がいくつかある。俺は過去に二度、月に来ていたのだ。初めては二歳だか三歳だかの時だった。俺は夢だと思い込んでいた事だが、まだ親父もお袋も兄貴もいて、二階でみんなで寝ていたら窓からラバースーツの様な衣装に身を包んだ集団が押し入ってきた。ソイツらは親父やお袋に見向きもせず、俺だけを攫って行った。その後、俺は月まで連行され、マイクロチップを右耳の付け根に埋め込まれた。夢だと思っていたのは、その光景を俯瞰で見ていたからだ。

 そして二回目はつい最近。手水政策を受けた直後だ。現世で肉体から解放された俺の霊と精神は、月を経由して、この世界にやって来た。それらの記憶がポッカリ抜け落ちていた理由は分からないが、思い出した今となっては、もはやどうでもいい。

 地球への帰還方法は至って簡単。月にある小さな祠の中に入るだけ。それで38万キロも移動できるんだから、ホントに物理法則を無視しちゃってるよな。アインシュタインも真っ青だぜ。


「あ、それとよぉ、お前に言いたい事と謝らなかん事があるんだわ…」


「何かな??」


 さっきの氏家の講釈を聞いていて、分かってしまった事がある。コイツに対する嫌悪感は、氏家の非ではなかった。彼本人も言っていたが、二一組は案内役でしかなく、発言や行動は彼らの『上』からによるものだった。それを知らずに、今まで氏家には無礼を働いてしまった。謝って許される事ではないかも知れないが、詫びを入れなければ自分の筋が通らない。


「先ずはこれまでお前を目の仇にしとった事を謝るわ。ホントすまんかった…。これで収まらんかったら、気が済むまで俺を殴ってくれて構わん。もちろん地球でな。

 それと、言いたい事ってのはお前にじゃなくて、『お前の後ろにおる俺』に対してだ。一言一句漏らさず伝えろよ……。


 『あんまちょうすいとると、ドタマぶち抜くぞ……ッ!!』ってな」


「分かった…。伝えておくよ…。それと…、ありがとう」


 そうして、俺は氏家と別れた。次に目を覚ますのは、自警団本部の階段だろう。その頃には、俺がブッ倒した自警団共も回復しているはずだ。面倒は増えるが、また銃をブッ放せる機会ができたと思えば楽しみになる。

 祠の中に入る前、俺は氏家をチラッと見たが、彼は物思いに耽る様に青い地球を眺めていた。


 ――――――――――………


「おっすー、氏家ッ!!」


「あ、イマイズミさま。こちらに来ていたんですね」


「『俺』が来る頃だと思ってよッ。どーだった?今回の俺ッ」


「流石……、と言った所でしょうか…。それと、今泉くんからイマイズミさまへ言付けがあります」


「へぇ…。なんて??」


「『あんまちょうすいとると、ドタマぶち抜くぞ……ッ!!』、だそうです」


「もうバレたかッ!我ながらスゲェなッ!やっぱ俺に楯突いてええのは『俺』だけなんだなぁ…」


「早くドタマぶち抜かれるといいですね」


「ブッ殺すぞ、ダボハゼ」


 ――――――――――………


 自警団本部の階段で意識を取り戻した俺は、背中の刺し傷が完璧に回復している事を確かめて、腰を上げた。ずっと握ったままだった1911には、チャンバーに一発とマガジンに一発の残弾だった。それだけでは心許なかった俺は、マガジンを交換し、MAXの八発を込めて行動を開始した。

 それと時を同じくして、奴さんたちも回復したのか、牢獄の方で物音が聞こえてきた。俺は悠々とした歩みでヤツらに近づき、銃口を見せ付けてやった。


「テメェッ!!今泉ィィッ!!よくもやってくれたなァァァァッッ!!!」


「お、何だかゴキゲンだがや。そんなお前らに、もう一回休みのプレゼント~~ッッ♡」


 …ッバァァッンン…ッ

 …ッバァァッンン…ッ

 …ッバァァッンン…ッ!!!


 他愛もなく三発の銃弾で三人の自警団を行動不能にした俺は、漸くこの本部から脱出する事ができた。この建物は五階建てなのだが、牢獄のフロアの他には、事務室の様な部屋と、ロッカーの様な金庫が並んでいる部屋しかなかった。案の定、アヤカシはここにはいない様だ。

 新たな自警団に遭遇する事もなく、無事に玄関まで出られた俺は、そこから先に進む道が分からなかった。ってゆーか、ここどこ!?見た事もない場所に出ちゃったんだけど。

 現在地すらも把握できない状況の中、俺は牢獄の一室が破壊されていた事を思い出した。アレはひーとんの仕業に違いない。もしかしたら、既に都に着いているのでは?と思い、俺は早速ひーとんにコールした。


「もしもーし。ひーとんッ、出られたら返事くれー」


《おッ!!今ちゃんじゃんッ!!おはよー。どーした??》


「実は自警団に捕まってまって、プリズンをブレイクしたんだけどさぁ、ここがどこか分からんのだわ……」


《ハハッ!そーゆー事ねッ!!オッケー。迎えに行くわッ!!》


 ひーとんと緑、それと塩見の三人は、マチコの店で休息を取っていたらしい。日の境を越えて体力が回復した彼らは、もう行動を開始していた。アヤカシたちの居場所も既に把握済みで、緑と塩見はそっちの方に向かったのだとか。

 治療班と共に'98に残ったひーとんは、俺からの連絡を予見してフリーでいてくれた様だ。都に到着した際に貝を降ろしたコンテナが空になったので、その中にZⅡを停めていた。キーは挿しっ放しだったので、それに乗って迎えに来てくれるそうだ。

 ひーとんを待つ間、特にやる事がなかった俺は、この日一発目のカナビスをキメた。脳が痺れ始めて、酔いが実感できてくると、ポツリと額に一滴降ってきたのが分かった。今日は雨か…。

 次第に強くなる雨脚が、紙巻の火種を消してしまわない内に、一本のカナビスを吸いきった。この妙な乱痴気騒ぎも、今日で終わるといいのだが…。そんな期待に思いを馳せていたが、その為には三谷を窮地から救わなくてはならない。どう片を付けるかは大よその図面を引いているのだが、それが果たして正解なのかは、今の段階では分からない。


 行く末を案じてしまっている自分を頼りなく思っていると、雨音に混じった空冷四気筒のエキゾーストが、俺の耳に届いた。

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