第195話ムーン・オブ・グリーン3

「お前が作った『コヨミ』も月を基準にしとったな…。俺も薄々勘付いてはおったけど、やっぱり『月』って何かあんのか??」


 小学三年生くらいの時だったか、理科の授業で天体について習っていた中で、月がどれほど特別な衛星なのかを教えてもらった事を良く覚えている。太陽系の惑星は、水星を除きその殆どが衛星を持っている。火星だって二つの衛星があるし、木星と土星には80個近くの衛星が存在する。しかしそれらの衛星は、軸としている惑星に比べて非常に小さい。逆に言えば『月』は、衛星にしちゃデカすぎるのだ。

 それだけではなく、自転と公転の周期が完全に一致していたり、地球から見える大きさが太陽と同じだったりと、何かキナ臭い星だなぁ、とは思っていた。


「ざっくばらんに言うと、『月』って人工物なんだよ」


「は?」


 あまりの衝撃的な事実に、彼の言葉をにわかには信じられなかったが、人工物だとすれば色んな事の説明がつく。絶対に裏側を見せないのも、皆既日食や金環日食が起こるのも、全て計算されていたのなら何ら不思議な事ではない。

 そして、ダボハゼによる月の講釈はもう少し続いた。


「君みたいな勘の良い子だったら気になった事あると思うけど、月にクレーターっていっぱいあるじゃん?アレって普通に考えたらあり得ないんだよ。大きいのから小さいのまでたくさんある月のクレーターは、深さが全部一緒なんだ。隕石が落ちてクレーターを作るなら、隕石の大きさでクレーターの規模も変わらなきゃいけない。なのに深さが同じって事は、月の中は空洞になっているんだ。

 今泉くんならもう分かってるんじゃないかな?月の正体……」


 なるほどな。さっきは月から見える地球が報道されていた写真と大きな差がないと感じたが、月に関しては全くのデタラメを教わっていた様だ。


「確か『古事記』でよぉ、アマテラスが『天岩戸』に隠れた事あったよな?天の岩…、アレってまんま『月』の事だろ??そん時からあったんだな…、『宇宙船』がよ……。それに、『タイムカプセル』的な役割もあるんじゃねぇのか??」


 氏家は俺の言葉を全て肯定した。俺の考察は間違っていない様だ。しかしまぁ、壮大なスケールの話だなぁ。古代の神々が闊歩していた時代から、人類は監視されていたのだ。目と鼻の先にある宇宙船によって。

 手水政策の被行者に選ばれる三つ目の条件、『徳の高さ』は、月から見られていたのだろう。


「これまでの話を総括すると、君の様な二〇組のミコトは、世界を再構築させる為に送られてきたんだ。だけど本来、世界にはあるべき姿なんかない。だから君たちは、自分たちの好きな様に振る舞えばいい。最初に美奈に言われただろ?大事なのは『何をするか』ではなく、『何がしたいか』だ、…って。

 ちなみに俺たち二一組は、単なる案内人にしか過ぎない。俺たちは、世界を変えられる『力』を失っているからね…。サイボーグ化の代償として……」


 俺は何回かコイツにカナビスを勧めた事があるが、彼はそれを尽く断っていた。他のドラッグに関してもそうだ。そういうのが嫌いなのかな、と勝手に思い込んでいたが、真実は違った。彼ら二一組は、どんなドラッグを服用しようが、トリップできない身体になっているらしい。

 ドラッグによる精神作用は、脳にある受容体が関係している。シャブでパキパキになるのも、カナビスでブリブリになるのも、受容体があるお陰だ。二一組連中は、それを切除し、代わりに色々な精密機械を埋め込まれている。何だか可哀想な話だ。


「そいやー、緑が初めてカナビス吸った時、『コイツは世界の裏側が見えちまう』とか言っとったけど、現世で禁止にされた理由と関係あんのか?」


「関係っていうか、瓜原さんの言葉通りだね。個人差はあるけど、カナビスの陶酔によって引き起こるトリップは、『四次元の解釈』と『第七感の解放』を誘発させる。君たちの様にミコトに選ばれた者ならまだしも、神の素質を持たない人間が服用すれば、垣間見えてしまう真実に精神が耐えられない。だから世界はカナビスを隠したんだ」


 ヨシヒロの仮説は、完全に的のど真ん中をブチ抜いていた様だ。しかし今の氏家の返答に、俺は違和感を覚えた。その言い方だと、カナビスを使用しなければここに来る事ができないみたいじゃないか。だとすると、ヨシヒロと俺以外ここに来たヤツはいないのか??


「ちょっと語弊があったかな。確かにカナビスは、ミコトをミカドに開花させる事ができる。だけどカナビスを使わずとも、自力で来れる子もいれば、別の物を服用してやって来る子もいる。

 君の仲間で言うと、山野くんは自力で来たパターンだね。瓜原さんは致死量の覚せい剤を摂取して来た。

 そして、ここ最近増えているのが、『スパイス』による開花だ…。これは良くない」


 以前、氏家から二一組は一枚岩ではないと聞かされていた。色々な派閥が存在し、それぞれが独自の理想を求めて行動している。中にはミカドを強制的に増やそうとする過激派もいて、そいつらが目を付けたのが『スパイス』だった。

 美奈の名簿が語っているように、二一組は初期の段階で此方の世界に飛ばされている。手水政策の目的を知っている彼らは、自らが属する派閥の方針に従い二〇組のミコトを誘導していて、時には争いになる事も珍しくないと言う。

 スパイスを援護している派閥は、現在を膠着状態と判断している様で、ミコトの足切りとミカドへの昇格を軸に活動しているらしい。氏家はそれを『過干渉』だと言った。


「勘違いしてるバカが多いけど、二一組はあくまで脇役。出過ぎた真似をする彼らには灸を据えてやらなきゃならない。だから俺は君にお願いする…。


 今泉くん、ヤツらをブッ潰してくれッッ!!」


 お願いときたか…。まぁ、裏でコソコソ糸引かれるよりは、こうやって面と向かって頼まれた方が心持が良い。コイツには実際世話になってる事も多いしな。潰せと言うのなら、潰してやろう。元よりそのつもりだし。


「任しとけッッ!!……っと言いたいところだが、その前に一つ聞いてええ??『ミカド』になった俺って、前と何か違うの??実感がねぇもんで、ピンと来んのだわ…」


「あれ?もう気付いてるもんだと思ってたけど…。よく思い出して、君が持ってる1911の銃口から放たれた弾頭の軌道と威力…。明らかに前と違わない??」


 あ…、そうだ。俺は都に入ってから、弾を打ち損じた事はない。やなぎ家の車夫や自警団に向けては当たらない様に配慮していたが、それ以外では狙った所を糸でも通す精密さで射撃できていた。それに、直人の清算をしていた時の最後の一発…。アレには怒りと嫉妬を乗せてトリガーを引いたせいか、それまで断ち切れなかった四肢を一撃で離散させていた。あれは偶然などではなく、俺が望んだ結果だ…。俺は既に事象を捻じ曲げていたのだ。


「まだ分からん事や納得できん事もあるけど、お前とここで話ができて良かったわ。色々教えてくれて、ありがとな。最後にもう一つ聞いてええ??

 何で俺ら、緑色なん??」


「それは君の『ホログラフィー』のイメージで現れてるからだよ。感覚が古いんだねッ。俺にはカラーで見えてるよ。

 まぁ、昭和生まれあるあるだねッ」


「ブッ殺すぞ、ダボハゼ」

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