第194話ムーン・オブ・グリーン2

 初めて成層圏外から見る地球は、ガガーリンの言う通り、美しい青色をしていた。捻じれた性格の俺は、『実は青くもなく、丸くもない』地球を期待していたが、どうやら思い過ごしだった様だ。地球の外観については、真実をそのまま伝えていたのか。ホッとしたような、ちょっと残念なような…。

 氏家の言葉が裏付ける様に、俺がここに来る事は運命付けられていた。そのせいか、現在月に降り立っている事実には、不思議と素直に納得できた。

 しかし、何故『月』なのか、どうやってここまで来たか、気になる事は山ほどある。ミコトの通過儀礼だと語るダボハゼに、『一体、何が目的なのか』…、それだけを尋ねる事にした。


「うーん…。目的っていうよりは、『告知』…、かな?君が今ここにいるのは、別に俺が呼んだからじゃなくて、ミコトとしての君の格が上がったからなんだ。

 ここに来るには、『四次元の解釈』と『第七感の解放』が必須条件なんだよ。そこをクリアしたから、ここに来る事ができた。晴れて君は『ミカド』になったんだよッ!!」


 やっぱり的を得ない説明だったが、言いたい事は何となく分かる様な気がした。

 『四次元の解釈』は、三次元に影を投影する事。俺たちが生きてきた現世は、空間軸が三つある三次元に存在していた。そこでは、立体物に光を当てるとできる影は、二次元に変換される。三次元の影は平面にしかなり得ない。そして、四次元空間で生まれた影は、三次元の形で現れる。つまり四次元の解釈とは、三次元に干渉できる視点の事を言うのだ。

 『第七感の解放』は、五感の上のそのまた上、第六感以上の感覚だ。よく『虫の知らせ』とか『シックスセンス』と言われているものは、物凄く曖昧で、起こり得る未来の一通りを断片的に見ているに過ぎない。しかし第七感ともなると、好きな未来を選んで現在と繋ぐ事ができる。

 簡単に言うと、それらは『神の力』だ。


 世の中には人生を『ゲーム』で例える人がいるが、それは自分自身をキャラクターの視点でしか見ていないからだ。ゲームをするには、ハードがいるし、ソフトがいるし、モニターがいるし、そもそもゲームを作ってくれる者がいないと成り立たない。どれだけ自由度の高いゲームをしていようが、それは開発者が用意してくれた庭の内側で遊んでいるだけだ。

 ゲームの世界では、プレイヤーもキャラクターもボスも、ただの駒でしかない。その世界の『神』は、そのゲームを作ったゲームクリエイターなのだ。


「前にも言ったろ?『ミコトの世界には、常識も物理法則もない。自分の都合のいい様に捻じ曲げてしまって構わない…』、って」


「じゃあ何か?俺は『神』にでもなったんか?人間やめたつもりはあれせんのだがなぁ…」


 俺がそう言うと、氏家は小さな笑いを溢した。何がおかしかったのか、返答次第ではすり身にしてやりたい所だが、彼が俺に向けて放った次の質問は、解答を悩ませる難題だった。


「『人間』…ねぇ…。今泉くんは疑問に思った事ない?『人間』って言葉の由来……」


「そりゃあ、おめぇ…。人と人の間に生まれるからじゃねーの??」


「あははッ!!絵に描いたようなミスリードだねッ!じゃあ、犬と犬の間で生まれた犬は『犬間』って言うの??猫と猫の間に生まれた猫を『猫間』って言うの??言わないよね??」


 氏家の舐めくさった態度は俺の逆鱗に触れかけたが、彼の主張にハッとさせられたのも事実で、もう少し続くダボハゼの言葉に、俺は耳を傾けた。


「人間ってちょっと特別でね、『次の神さま』になる事を許された生き物なんだよ。人はいずれ神になる…。その途中を『人間』って言うんだ。つまり、『人と神の間』ってワケ。

 そして君はミコトに選ばれ、ミカドに成った。手水政策を施行された時点で……、


 君は人間をやめてるんだよ……ッ!!」


 その話の流れで、氏家は手水政策の秘密も少し語ってくれた。別に頼んではないけど。


 人類は、ある時から歩むべき道を逸れてしまったらしい。一狩猟採集民でしかなかった人類は、やがて農耕を始め、特定の場所に定住する様になった。年中食べ物を探して歩き回らなくてもよくなった人類は、科学を発展させ、生活をより安定させる為に時間を費やした。

 物々交換が主流だった物流には、いつしか貨幣制度が取り入れられ、人類は『金の奴隷』になった。衣食住だけではなく、生命活動の基盤は全て金の上で成り立ち、稼げる者とそうでない者の間には、貧富の差が生まれた。

 より多くの利益を得る為には、他部族と争う事も止む無くなり、経済力は軍事力と比例する様になった。分ければいい食べ物を奪い合い、誰の物でもない大地には国境が敷かれ、肌や髪の色が違うだけで殺される理由になった。


 神さまは、そんな地獄を創りたかったのだろうか…。いや、違う。ただ失敗しただけだ。この『世界(ゲーム)』の『創造(開発)』に……。


「何に失敗して、どうなれば成功だったかは、ジョージアガイドストーン(※第一話参照)に刻まれているよ。あ、そうそう…。そのガイドストーンの内容だけど…君、知ってたでしょ?生まれる前から……」


 そうだ…。俺はあの石碑に刻まれた十戒を知りながら誕生した。しかし、それは前世の記憶だとか、胎児教育なんかではない。だとすると、『俺(今泉拓也)』は生まれる前から存在していた事になる。それに、数秘術でミコトの運命数が『33』に統一されていたり、身体にチップが埋め込まれていた事を合わせて考えると、朧げながら解答が浮かび上がってくる。

 俺は無意識というより反射的に、氏家にある疑問を投げかけていた。


「な…、なぁ、氏家…。今って『何周目』??」


「さっすが今泉くんッッ!!察しがいいねッ。だけど、ごめん。具体的な数字は答えられないんだ…。数えるの止めちゃったから……」


 まぁ、それでも充分だ。数えるのが嫌になるくらい、同じ事を繰り返してきたんだろう。

 ……そうかッッ!!だから氏家は刺青を入れた俺の姿を知っていたし、後にマブになるひーとんと喧嘩する事を美奈が不思議がったのか。


「あれ?でも、二一組のお前はいいとして、何で美奈まで今回以前の事を知っとるの??」


「あぁ…、『彼女たち』はミコトの中でもちょっと特異的でね、どっちかって言うと俺たち二一組に近い存在なんだ」


 氏家によると、この世界で『美奈』と呼ばれる巫女は、七人いるのだとか。元々クローン技術発展の為に極秘に造られたサンプルだった彼女たちは、人と機械の融合を目的とした実験にも用いられた。実用化にはまだ何十年もかかる程、当時のサイボーグ技術は拙かったが、基礎理論はほぼ完成していた。

 現代でこそ、小さなHDに膨大な情報を詰め込む事ができるが、美奈が生まれた1960年代ではそこまで科学は発展していなかった。当時の技術者たちは、人体に記憶媒体を埋め込むのではなく、別にデータベースを置き、そこにアクセスして情報を閲覧できるシステムを組み上げた。


「そのデータベースは今でも機能していて、俺たち二一組もそれを活用している。それがどこにあるかって言うのがね…、


 ここ、『月』なんだよ…」

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