第193話ムーン・オブ・グリーン1

 本部が壊滅している事に驚きを隠せない自警団は、俺を抱えたまま状況を整理するのに躍起になっていた。俺を背負ってるヤツに向けては、いつでも発砲できる。マガジンに入っている残弾数は五発。今ここにいる自警団は二人。一人につき二発撃ってもお釣りがくる。気を失う直前には四人いたはずだが、残りの二人は何処へ行ったんだろう。

 タヌキ寝入りを決め込んだまま辺りを見回したが、あんずの姿がない。アヤカシを連れて自警団に捕まると、別々に収容されるみたいだ。と、いう事は、残りの二人はあんずに付いていると考えられる。

 つまり、ここにいる二人を倒せば俺は自由になれる。そう確信し、セフティを解除しながらポケットから銃を抜いた俺は、間髪入れずに俺を背負っている自警団のこめかみに銃口を宛がい、引き金を引いた。


 …ッバァァッンン…ッ


 撃たれた自警団はその場で卒倒し、銃声に驚いたもう一人がこちらに振り返る頃には、照準をソイツ眉間に合わせていた。


 …ッバァァッンン…ッ


 あっと言う間に二人の自警団を行動不能にした俺は、晴れて自由の身になったが、ここが何処なのかは未だ分からずにいた。あの宿屋で見つけた通路も、ある一定の距離を進むとワープさせられる仕掛けになっていた。同じ様なトラップがあるとすれば、ここは羽根田の部屋があった建物とは違う場所だという結論に至る。

 先ずはこのフロアから出るか…。と考えていた俺は、背中に焼ける様な鋭い痛みを感じた。


 …ッドス……ッッ!


 俺はてっきり、四人いた自警団が二・二で別れたと思い込んでいた。しかし実際には、この建物にいた自警団は三人だった。残りの一人は少し別行動を取っていただけで、銃声を聞きつけてやってきた彼の手には、ドスが握られていた。俺は刺されたのだ。


「…ぉい…ッ!マジか…、てめェ……ッッ」


「ハジキなんか隠しやがって…。それは没収なッ」


 その言葉と共に、自警団は俺の身体からドスを引き抜いた。一尺程の刃渡りがあるドスは、優に身体を貫通していて、背中からも胸からも血が噴き出した。

 それを見て、コイツは油断したのだろう。いくらミコトとは言え、これだけの傷を負えば動きが鈍くなる。余裕で俺から銃を取り上げられると思ったのか、不用意に近づいて来る自警団は隙だらけだった。だが、コイツは分かってない。銃なんて、指一本動かせれば撃てるんだよ。

 ぶっ倒れるのは、コイツをブチ抜いてからでも遅くない。そう考えた俺は、刺し傷の痛みをやせ我慢した。ひーとんだって、銃創を三カ所に負ってもピンピンしていた。そんな男に俺は勝ったんだ。それに比べれば、こんなものトラブルでも何でもない。

 俺は腕すら上げられない様な素振りを見せ、余裕綽々で迫ってくる自警団を充分引き寄せた。手を伸ばせば届きそうな距離までヤツが近づいてくると、俺の口角は自然と上に歪み、勝利を確信した。


 …ッバァァッンン…ッ


 本当なら顔面を貫きたかったが、ドスによる刺し傷の痛みはそうそう無視できるものではなく、思ったより腕が上がらなかったせいで、弾丸はヤツの首に向けて放たれた。

 しかし、着弾と共に花開いたホローポイントは、ヤツの首を半分以上えぐり取った。コレ、頭狙うより効率的なんじゃね?


「ヘヘッ…!雑ぁぁ~~~~~ッッ魚!!……ざまぁみやがれ…ッ」


 マガジンの残弾を使い切る事なく三人もの自警団を倒せた俺は、射撃の腕が明らかに上達していた。とは言っても、それは氏家とムラゲによるカスタムのお陰だ。

 まだここには他の自警団もいるかも知れないが、差し当たっての脅威を排除できた事に安堵した。暫くその場で痛みが和らぐのを待っていたが、痛みは一向に引かない。それに、自警団の増援も来る気配がないので、俺はここを出る事にした。

 しかし、あんなにガッツリ刃物で刺された試しがない俺は、初めて経験する激痛に、直立すらままならなくなっていた。立って歩けないなら、這って行くしかない。俺は血の轍を作りながら、匍匐前進で移動を始めた。


「…ちっくしょう……ッッ。でぇら痛ぇがや……。どーなっとるんだてぇ……」


 取りあえず牢獄エリアを抜けた俺は、下に向かう階段を見つけた。上りの階段がないのは、ここが最上階だからだろう。それはいいんだけど、どうやって階段を下りよう…。この身体で階段はキツいぞ…。

 相当な気合を入れないと下りられない階段を前に、俺は一服つける事にした。そう言えば、雀荘で吸ったっきりカナビスをキメてなかったな。余談だが、カナビスには痛みを和らげるヒーリング効果があるのだ。

 無造作に取り出した紙巻のカナビスを咥え火を着けたが、俺の身体を貫いたドスは肺も傷つけていて、カナビスの煙を吸い込んだ途端、激痛のあまり盛大に咽た。

 吐血と肺の痛みに悶絶しながらも、カナビスの効能は確実に俺の精神を凪の方へと誘ってくれた。次第に取り戻していく落着きと比例して、身体は休息を求めていて、揺り籠に揺られている様な感覚だけを残し、俺の意識は途切れた。今日だけで三回目の気絶である。何かの呪いかな?


 ――――――――――………


「おーいッ!今泉くーんッ!もしもーしッ!」


 誰かが俺を呼ぶ声がして、俺は飛び起きた。…のだが、目の前に広がる景色と、俺の名前を呼んだ張本人を視覚が捉えると、夢でも見ているのかと勘違いした。そこには氏家がいたのだ。


「あれ??ダボハゼだがや。何でこんな所に……??っつーか、ここドコッッ!?!?」


 視界に入っていたのは、俺を呼ぶ氏家と、青く輝く星、そして満天の星空だった。何かこの光景見覚えあるなぁ、と思ったら、アポロから見た地球がこんなんじゃなかったっけ??

 ん?って事は、つまり……。


「おはよう、今泉くんッ!ビックリするかも知れないけど、ここは『月』だよ。やっとここまで来てくれたね、今泉くんッ!!」


 そう語る氏家の姿は、どういうワケか緑色に透けていた。っていうか、ダボハゼだけじゃなく俺も緑色に透けていた。これにも何か見覚えあんなぁ。昔観たSF映画にこんなんなかったか?確か『タイムマシーン』ってタイトルで、未来の博物館を案内する3D映像がこんな感じで表現されていた気がする。


「おい、氏家。何だコレ?今は生身の身体じゃねーの?何つーか、その…、ホログラム的な……」


「概ねその解釈で問題ないよ。ここには純粋な『精神』しか来れないんだ。ちなみに『霊』はあっち(地球)にあるよ」


 あまり的を得ない氏家の言葉に色々な疑問が際限なく沸いたが、それはまた後日でいいとして、何の為にこんな姿でここまで連れて来られたのかを尋ねた。俺にはあまり油を売っている時間はないのだ。


「まぁまぁ、そんな焦んなくても大丈夫だよ。ここは物理的空間じゃないから、時間は進まないんだ。

 それでね、今泉くん。ここに来る事は、ミコトにとっての通過儀礼なんだよ。ミコトの中のミコト…、『ミカド』になる為のねッ!」

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