第192話仕込まれた罠4

「カカッ!やっと来やがった!待ちくたびれたっつーのッ。テメェが『今泉』か…。アヤカシなんぞ連れやがって、なめてんじゃねーぞ」


 羽根田とかいう野郎は、イチモツを三谷に挿入したまま、俺に向かって啖呵を切った。ヤツの言葉など耳には入らなかったが、三谷の惨状を見て、『間に合わなかった』という思いが俺を支配していた。

 何で三谷がこんな目に合わなきゃならねぇんだ…ッ。スパイスを潰しに来た俺たちが気に入らないのなら、直接俺たちに牙を剥けばいい。彼女は一協力者であって、実働部隊のメンバーじゃない。それを承知で非力な三谷を襲ったこの男のやり方に、怒りと空しさが溢れていた。

 この時さっさと羽根田に鉛玉ブチ込んで三谷を救出すれば良かったものを、生々しい性暴力の現場を目の当たりにした俺は、精神のキャパをオーバーし、身動きが取れなかった。ここで羽根田を殺した所で、レイプ被害に遭った三谷の傷を癒す事にはならないと感じてしまったからだ。

 ここからどうすればいいのか、次に取るべき行動が分からないでいると、後方からあんずの声が聞こえた。


「たくちゃん…ッッ!!アタシ、この部屋はいれません…ッッ!!すごく臭くて、鼻がもげそう……ッ」


 羽根田の部屋にはスパイスの煙が充満していて、その臭いに耐えられないあんずは敷居を越える事ができずにいた。

 スパイスとレイプ…。この二つを繋ぐと蘇ってくる記憶に、俺は嫌な予感しかしなかった。俺もマチコに同じ事をされそうになった。コーヒーに一服盛られただけで、危機管理も自己防衛もできなくなり、マチコの言い成りになりかけていた。

 恐らく三谷は、既に羽根田の従順なダッチワイフにされてしまったのだろう。それを裏付けるかの様に、俺の注目を自分に向けさせた羽根田は、三谷の首筋をネチっこく舐めながら、彼女に行った調教具合を見せ付けた。


「変な気起こすんじゃねーぞ…。この女に対する生殺与奪の全権は俺が握ってんだ…。妙な真似しやがったら、コイツをブチ殺す…。テメェの目の前でなッ。

 おい、しおり…。『あの台詞』、この男の前で言ってみろよ…ッ」


「はい。コウくん…ッ。

 ……、私はコウくんを愛しています…。コウくんのためなら何でもします…。私の全ては、コウくんのものです……♡」


 全裸姿で鎖に繋がれた三谷は、その言葉と共に、羽根田と濃厚なディープキスを始めた。そんなものを見せられた俺は、自分が何しにここに来たのかすら分からなくなってしまった。

 この状態から、どうやって彼女を助ければいいのだろう…。俺に何ができるのだろう…。三谷にとって、俺は何なんだろう…?俺にとって、三谷は何なんだろう……??あれ…?三谷って誰だ…?あの女の子は誰だ…?俺は今、何してる……??????

 三谷を助けるという大義を失った俺は、押し寄せる負の感情に抗う事ができず、自我崩壊を引き起こした。


「あ……、あぁああ……ッ、ぁぁあああああああああアアアアアアアアアァァァァアアアアッッッ!!!!!!」


「たく…ッちゃん……ッッ!!……ッたぐッ…、ぢゃぁぁああんッッ!!」


 聴覚が僅かに捉えたあんずの声は、酷く辛そうなものに思えたが、俺の方はもうそれどころではなかった。発狂を止められない俺は、その場に蹲り頭を抱え込んだまま、呼吸すら危うい状況に陥ってしまった。

 しかし、それは俺の落ち度ではなく、巧妙に張られた羽根田の罠だった。


「カッカッカッッ!!どうだ?今泉ッッ!スパイスのバッドはよォォッッ!!たまんねぇだろォ!?」


 この部屋に充満しているスパイスは、都で出回っている物とは違い、羽根田が特別に調合した『サピエンス』以上の代物だった。スパイスに耐性を持たない俺は、強烈な酔いに飲まれてバッドトリップに入った。

 ヘロでもバツでもバッドになった事のなかった俺は、初めて体験する苦しみに、恐怖と不安の念を隠す事ができなかった。そんな俺を見て、ゴキゲンに拍車が掛かった羽根田は、もう一つ衝撃の事実を突き付けた。


「そうそう。お前はやなぎ家に頼まれてここに来たつもりだろうが、お前をここに連れてくるように俺がやなぎ家に頼んだんだよ…。つまりお前は、やなぎ家に売られたってワケ。お前ら一味を全員引き渡せば、この女を返してやるって約束でなッ!

 でもまぁ、安心しろ。お前らが全員集まるまでこの女は殺さねーし、既に何人か捕まえてブタ箱に入れといた。お前も同じ所に叩っ込んでやるからな」


 羽根田がそう言うと、知らぬ間に自警団の連中が俺を取り囲んでいた。それにヤツの口ぶりからすると、工場を襲いに行ったひーとんたちが捕まったと考えるのが妥当だろう。そうなると、俺たちが持つ武力を根こそぎ落とされた事になる。

 もしかして俺たちは、この戦争に勝てないんじゃないか?そんなネガティブな感情が沸き上がると、俺の意識は急に遠のいた。

 薄れ行く意識の中、俺は三谷だけを見つめていた。彼女も俺を見つめていた。今の三谷は、俺を俺と認識しているのだろうか。絶望的な状況下で、ほんの少しでもいいから光明を見出したかった俺に向けていた三谷の視線は、何故か懐かしく、そして頼もしいものだった。

 あ、俺コイツのこういう顔見た事あるわ。そう思った瞬間、俺の意識は限界を迎えた。


「たくちゃんッッ!!たくちゃんッッ!!」


 本日二回目の気絶を余儀なくされている俺を、あんずはずっと呼びかけていた。その声はもう、俺には届いていない。


「よし、お前ら。その今泉と、そこにいるアヤカシ本部にブチ込んどけ…」


 羽根田の号令を受けた自警団たちは、俺とあんずを抱え、この部屋から出た。意識の無い俺とは違い、あんずは抵抗できただろうが、俺が人質に取られている様な状況のせいで、自警団の言う事を素直に聞くしかなかった。


 ――――――――――………


「…、おい……。何だよ…、これ………」


 次に俺が目を覚ました時には、自警団たちが何やらトラブルに見舞われているみたいだった。彼らの声で意識を取り戻すと、そこは鉄格子に囲まれた牢獄の様な部屋が並んでいた。…のだが、どの部屋も鍵が開けられていて、もぬけの殻だった。

 何故か一部屋だけ、格子が内側から破られているのを見て、即座にひーとんの仕業だと理解した。羽根田は彼らを捕えたつもりだったんだろうが、こんなチャチな牢屋で拘束できるワケねーだろ、あのトチキチヤンキーと腐れジャンキーを。

 状況から見てひーとんたちは、他のミコトと一緒に脱獄したのだろう。って事は、ここの機能は既に壊滅してんだな。だったら戦えるわ。

 まだ俺が気を失ってると思っている自警団の目を盗み、俺はポケットに入れていた1911に手を伸ばした。

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