第190話仕込まれた罠2

 暴力的なエロかわいさを引っ提げて登場したあんずに、俺の思考は一時停止した。いや、さっきも見てるはずなんだけど、何故かここで目撃した彼女の方が何倍もエロくてかわいかった。合計で24万程の貝を支払った甲斐は無駄ではなかったのだ。

 未だに三つ指着いたままの状態だったあんずは、困った表情を浮かべながら、俺に声を掛けた。俺がさっさと部屋ん中に誘導しなかったせいで、どうすればいいのか分からなかった様だ。しかし彼女の言動は、俺をさらに硬直させた。


「あ…、あの…、ぬ、主さま…??お、お部屋へ入っても…よろしんす…か…??」


 この短時間で、どんな教育を施されたかは知らないが、『やなぎ家のルール』である花魁言葉を崩さないあんずが、たまらなく愛おしかった。覚束ない話し方も最高。この子なんでこんなにかわいいん??ちょっと何とかしろよ、お前たち。

 この宿の雰囲気といい、あんずの色気といい、俺はこの時点で経験した事のないエッチな空間に圧倒されかけていた。それを悟られない様に部屋にあんずを招いたが、この後どうすればいいのか俺には全く分からなかった。早よ三谷探しに行けや。


「…………」


「…………」


 だだっ広い部屋に敷かれた巨大な布団の上で、俺とあんずは何もできないでいた。羽根田浩という男が三谷を連れ去ったこの宿まで来たはいいが、これより先へと繋がる道筋を完全に失っていたのだ。それに、俺の脳は今軽いパニック状態にある。

 落着きを取り戻したかった俺は、風呂で汗でも流す事にした。身体と頭をサッパリさせる算段だ。結構な額を払っているんだから、使える設備は全部使っておかないともったいない。俺は部屋に用意されていた手拭いを一枚手にして、あんずに一言言ってから風呂に向かった。


「あんず、俺ちぃと風呂浴びてくるで、ちょっと待っといて。チャッと入ってくるでよ…」


 その間、俺はあんずの顔が見られなかった。少しでも彼女と目が合ったら、石になってしまいそうな気がしたから。それほどあんずの遊女姿は、悪魔じみた物だった。


 部屋に備え付けられた風呂は、これまたひのき造りで、桶に張られたお湯はひのきの良い香りを漂わせていた。これは中々リラックスできそうだ。

 俺は何回か掛け湯をしてから浴槽に浸かった。本当なら先ず身体を洗えやと言いたい所だが、この風呂を掃除するのは俺ではない。清掃員の仕事を残しておかないと、何しに高ッけぇ貝出したのか分からなくなるしね。

 手拭いを頭に置いて浸かった湯は、俺好みの熱めの風呂だった。ザブンと入った時の湯が噛み付く感じがたまんないんだよね。その分、長湯はできないので、そろそろ上がろうかと思ったその時、風呂の戸が開く音がした。あんずが入ってきたのだ。


「ちょっと、ちょっとッ!!あんずッ、何しにきたッ!?お前はやなぎ家で風呂入っとったろ!?」


「あ…、あの…、その……。おせなかおながし、いたしんす…。」


 あんずは遊女のヘアースタイルそのままに、さっきの風呂上り同様の薄い肌襦袢だけを身に纏った姿で現れた。その格好でモジモジされたら、いくら紳士の俺だってウェストリー・アラン・ダッドに成りかねないぞッ!死刑になっちゃうッ!

 性的感情をコントロールできない俺は、過呼吸気味になりながらも、彼女の好意を甘んじて受け入れた。背中流すくらいなら顔も見ないで済むし、そんなにエッチなスキンシップじゃない。


「じゃ、じゃあお願いしよかな…?」


「は、はいッ」


 あんずに促されて座った風呂場椅子は、何かヘンな形で、横から見たら『凹』みたいになっていた。16歳の俺は初めて見たが、これが所謂『スケベ椅子』ってヤツだろう。この凹みは一体何に使うんだ??

 などと考えていると、背中のゴシゴシを終えたあんずは、次の工程に移った。


「主さま……、しつれいいたしんす…ッッ!」


「へ?」


 これからどうなっちゃうのか想像もできない俺は、飛び込んできた光景に自分の目を疑った。俺の後ろにいるはずのあんずの腕が、俺の股間の下から突き出してきたからだ。コレどーなってんの?と、疑問に思った瞬間、椅子の凹みに通したあんずの腕が、猛烈に俺の股間をゴシゴシし始めた。しかも石鹸の泡がイイ感じにヌルヌルしてイヤラシイ…。

 そんな所を他人に触られた事の無い俺は、反射的に悲鳴を上げた。


「キャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


「たくちゃんッ、どーしましたッ!?痛かったですかッッ!?」


「たッ、たーけぇッッ!!んな汚い所触ってかんてぇッッ!!バッチィがやぁッッ!!」


「え?ええ??で、でも、お客さまにはこうしろって、おかみさんが……」


 あんのクソババァッ、あんずに何て事教えとんじゃ、ボケナスゥッッ!!あんずにこんな事されたらッ、こんな事された……、ら………ッ。

 あんずがこの部屋に来てからずっと感じていたチンチンのイライラが最高潮に達した俺は、彼女のエッチな見た目と言動に耐えきれず、その場で気絶した。


「たッッ、たくちゃーーーーーんッッッ!!」


 ――――――――――………


 時間にして半刻ほど気を失っていた俺は、あんずに膝枕されながら介抱してもらっていた。未だチンチンはビンビンでいらっしゃる。段々とハッキリしてくる意識の中、俺の聴覚はあんずの声を捉えた。無理に起こさない程度のボリュームに抑えられた彼女の声は、俺に強く訴えかけている様に思えた。

 ハッと目を覚ました俺は、現状あんずに膝枕されている事を瞬時に理解し、身体を起こす事はしなかった。普段は膝枕する側だから、少しくらいこのシチュエーションを楽しんだってバチは当たらないだろう。


「たくちゃん…ッ。たくちゃん…ッ。」


「ん…??お、おぅ…、あんず…。すまんな…、心配かけてまって……。

 それより、どーした??何かあったか??」


 目を開けて窺ったあんずの表情は、真剣さと不安が7:3くらいの割合で混合していた。俺が気を失っている間に、何かを感じ取り、それが俺たちに関係していると悟ったのだろう。って事は、三谷を連れ去った羽根田浩の尻尾を掴んだワケだ。


「たくちゃん、この建物からかすかに『ジャコウ』のかおりがします。コレってたくちゃんがアタシにくれたヤツですよね…??アタシ、今ジャコウつけてませんッ!」


 やなぎ家のおかみさんが抱えている自警団の子が持ってきてくれたあんずの荷物には、俺があげた麝香の香水はなかった。あんずはやなぎ家で風呂に入れてもらっていたので、彼女に着いた麝香は流れ落ちているはずだ。それ以降、麝香を着けていないあんず以外でこの香りを漂わせられるのは、三谷しかいない。

 麝香の香りを辿れば三谷に追いつけるッ!そう確信した俺だったが、その前に三谷にも『麝香の香水』をプレゼントしていた事を、あんずにどう言い訳しよう……。

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