第185話やなぎ家4

 三谷救出に向けて動き出した作戦上、やなぎ家の臨時キャストになったあんずを、大枚を叩いて買い取った。物凄く無駄使いな気もするが、こんなに可愛い子を前にしたら、家族を担保に入れてでもお持ち帰りしたくなる。俺、家族いねーけど。


「あれ?ちょっと待って。この着物って、'98に置いてきた着物なんですけど、何でここにあるんですか…??」


 聞けば、おかみさんの隣で佇んでいる自警団の彼女がわざわざ持ってきてくれたらしい。っていう事はだ、マチコのヤツ、やなぎ家に俺を売りやがったな。羽根田や他の自警団よりも早く俺を拉致できたのはその為か。

 結果的にはオーライだが、俺を売った事には変わりない。約束通り、アイツの処女膜は酒瓶に破らせてやる。いや、サボテンの方がいいか…。

 子飼いの自警団を有している有権者同士では、自警団本部の与り知らない水面下で手を組ませる事もあると言う。マチコは俺をやなぎ家に売ったが、自警団に売られたワケではない。そこまで心配する必要はない、と教えてくれたおかみさんは、話を元に戻した。


「あんず?だっけ?その子。宿に行く前に教えておかなきゃならない事があるんで、お前さんは一足先に宿に向かってな」


「え?一緒に行けないんですか??」


「ウチは同伴お断りだよ。宿の部屋以外で遊女と接するのは御法度なんだ。しおりから聞いてないかい?」


 そう言えばそうだった。じゃあ俺は一旦ここであんずと別れなきゃいけないのか…。ヤだなぁ。まぁでも仕方ないか。こればっかりは、俺が歪めていいルールではない。特例や例外があってはいけない事柄なのだ。それは、ここで働く女の子たちの為だ。そういう名目がある以上、従う他はない。

 それに、羽根田との癒着がある宿屋に偵察に来た事が判明すれば、邪魔立てが入るかも知れない。極力怪しまれない様に、あんずに遊女の作法を教えておく事は必須なのだ。


「あんまり釈然としませんが、そういう事なら先に宿へ向かいます。場所教えてもらえますか?」


「地図は用意してあるよ。それを見て向かえばいい。それと、コレも持っていきな…」


 おかみさんが渡してきたのは、宿までの道のりが描かれた地図と、やなぎ家のポイントカードだった。カードのポイントは溜まりきっていて、コレがやなぎ家の常連である証明になると言うのだ。こういう事は、都にある同業の遊郭もやっていて、常連になった報酬として高級宿屋を紹介してもらえるのだ。

 おかみさんの計らいで宿のPASSを手に入れた俺は、彼女に挨拶をして座敷を出た。


「おかみさん、先ほどは取り乱してしまい申し訳ありませんでした。履き違えてるかも知れませんが、三谷の救出に僕を選んでくれた事、感謝しています。

 では、いってきます。あんず、待っとるでな…」


「は、はいッ」


 あんずとは違い、俺の言葉に返事をしなかったおかみさんは目も合わせる事もなく、手をヒラヒラとやって見送ってくれた。まるで俺を信用していないかの様なその態度は、プレッシャーを与えない為だと即座に理解した。色々気に入らない所はあるが、この人はやはり『大人』なんだろう。精神的に幼稚な自分とは、比べる事も適わない程に。

 己の未熟さを頭の片隅で煩わしく思いながらひのき造りの廊下を進んでいると、裏口に繋がる部屋の前に、何人かの遊女が並んでいた。どの子も表情に陰りがある。どーしたんだろ。


「あ…、あのッ、しおりちゃんのお友達でございんすか…??しおりちゃんを助けに行ってくれるってゆぅ……」


 さっきのこのみとは違い、この子たちは客前に出ている一人前の遊女なんだろう。雰囲気というか、オーラが別物だ。そんな百戦錬磨の遊女たちでも狼狽える程、三谷の失踪はヤバい状況下にあるのだ。その理由は、羽根田浩の性癖にあった。


「羽根田浩は、生粋のサディストなんでございんす……。だから多分…、今頃しおりちゃんは……ッ!しおりちゃんは……ッッ!」


 みなまで言わずとも、彼女たちが伝えたい事は理解できた。それは、俺も薄々勘付いていたのだが、『そうであって欲しくない』とう希望的観測が、その可能性を否定し続けていた。しかし、彼女たちの訴えが、楽観視できる状況ではないと悟らせてくれた。

 羽根田が三谷を連れ去ったのは、スパイスを潰しに来た俺たちの仲間だと分かったからだ。三谷に口を割らせるのに、拷問紛いのレイプをしていてもおかしくはない。つーか、普通は犯すだろうなぁ…。

 性に関して全くのトーシロである俺は、そこまで頭が回っていなかった。いや、考えたくなかった。だが現実ってぇのは、いつも俺が思っているより残酷だ。

 ボロボロにされた三谷を見たくないという思いと、一刻も早く助けに行かなくてはという焦りが、二律背反に俺の精神を切り裂いた。


「教えてくれてありがと。三谷は俺が助けるで、任しといてッ」


 頼もしい様な台詞を吐いて裏口を出た俺は、彼女たちの前だけでも笑顔の仮面を被った。それで彼女たちの心労が軽減すれば何よりだが、元々面の皮がそこまで厚くない俺は、建物を出た途端にダークサイドに堕ちた。不安、焦燥、憤怒…、今俺の心を支配しているのは、そんなネガティブな感情だけだ。

 漆黒の闇に染められた瞳を二つぶら下げて歩き出した俺の前に、ここまで連れてきてくれた車夫が立ちはだかった。デジャブっつーか何つーか、またコイツかよ…。


「てめぇ、絶対ぇしおりさん助け出せよ…ッッ!!しくじりやがったらタダじゃ……―――」


 …ッバァァッンン…ッ


 コイツの御託など聞く気にもならなかった俺は、言葉を遮って発砲した。当てても良かったんだけど、本気で狙いはしなかった弾道は、彼の足元に行き着いた。赤土でできた地面は、着弾と共に辺りが吹き飛んだ。その光景は、俺の気持ちを投影している様に思えた。


「俺ぁ今、気が立っとる…。言葉と態度には気を付けろよ、クソガキ……ッ!」


 …ッバァァッンン…ッ…ッバァァッンン…ッ…ッバァァッンン…ッッ!!!


 怒りに任せたまま、マガジンに入っていた弾を全て車夫に向けて放った。一発も当ててはいないが、間近で何度も発砲された彼は、頭を抱えて蹲っていた。でも、こんなヤツをビビらせた所で屁の役にも立ちゃしない。軽率な行動を抑えられない俺は、精神的に成熟する日は来るのだろうか。

 ホールドオープンした銃に新なマガジンを詰め込んで、俺は宿へと歩みを進めた。

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