第184話やなぎ家3

「あんずどんッ!!まだ髪が乾いてないでございんすッ!そっち上がっちゃダメぇ!!戻ってきて!!」


 銃声を聞きつけて馳せ参じたあんずは、青少年育成条例を犯す様な姿で俺の懐へ飛び込んできた。彼女の髪はまだ随分と水分を含んでいて、拭いてもらっていた最中だったのだ。あんずの世話を焼いてくれた遊女見習い(かむろ)の子は、突拍子もないあんずの行動に振り回され、時折花魁言葉を忘れてしまっていた。


「このみッ!!あんたはまだ言葉が直ってないねぇ。そんなんじゃ、いつまで経っても客前に出れないよ!」


「あんず、お前まだ髪がビシャビシャだがや。ちゃんと乾かしてまえ。風邪引いてまうぞ」


 おかみさんからの注意を受けた『このみ』というかむろの子と、お風呂の世話を最後までしてもらうように言い聞かせたあんずは、再び部屋から出ていった。

 それにしても、お風呂上りのあんずは可愛いなぁ。普段は長い髪を後ろで一つに束ねているが、その長い髪を下ろすだけで雰囲気が大分変る。ポニテ姿もたまらんが、ルックスのポテンシャルが元々高いあんずは、何をしても可愛くなるのだ。


「話の腰を折ってすまなかったね。本題に戻ろうか…。

 スパイスを野放しにしてきた私たちが払うツケ…ねぇ。中々痛い所を突いてくるじゃないか。だけどそれは、全部終わってからの話だ。今はしおりの救出が先決なんだよ……」


 あんずの乱入で場の空気を乱された俺たちは、互いにヒートアップしてしまった頭をクールダウンさせた。そして、三谷を想うおかみさんの気持ちを改めて思い知らされた。この人は、本気で三谷を助けたいと考えている。それは俺だって同じだ。

 共通の目的があるのなら、いがみ合うのではなく協力し合わなければならない。おかみさんに言いたい事はたんとあるが、それこそ全部終わってからでいい。俺は全神経を、三谷救出に向けて集中させた。


「じゃあ先ず、二人が消えた宿屋に向かってみます。目ぼしい情報は入らないと思いますが、何かしら痕跡が残ってるかもしれないので……」


「そこもちょっと問題ありなんだよ。あの宿は一見が借りられる様な低い敷居じゃない。お前さんが行っても、門前払いされるのがオチだ。

 だから私が一肌脱いであげるよ。お前さんがウチの常連として宿に入れる様に小細工しとくから」


 おかみさんの絵図面は、やなぎ家の客として件の宿に潜入し、三谷と羽根田の足取りを追って欲しいとの事だった。別に難しい話ではないが、その為にはやなぎ家から買う女の子と、宿を借りる代金は俺が支払う羽目になると言うのだ。何でだよ。


「宿を借りる時にウチの証明が入用になるからね。それに、あの宿はプリペイドを使えない。本人が持ってるチップに入った貝じゃないと清算できないんだ」


 理由は分かったけど、自腹切るのは何か癪だなぁ。さっき結構な収入があったからいいけど、でもやっぱ納得できないから、成功報酬はたんまり分捕ってやる。


「ん?ちょっと待って。やなぎ家さんから女の子買わなきゃいけないんですか??」


「当たりきだよ。女買わずに宿借りるバカが何処にいる。それにあの宿は、『ソレ』専用の宿だよ」


 えぇ…。興味もない女買うのはちょっと勘弁なんだけどなぁ。それに、他の女を買った事があんずにバレでもしたら、半殺しじゃ済みそうにない。きっと竿と玉切り取られて、シャリに乗せて食わされる。三谷のピンチを救うのに、俺がピンチになってどーすんだ。

 俺はおかみさんの作戦に異議を唱えようとしたが、すんでの所で彼女に先回りされた。おかみさんの方が一枚上手だったのだ。


「どうせお前さんはウチのかわいい遊女たちを買う気はないんだろ?でも、お前さんをその気にさせるなんてワケないのさ…。

 このみーッ!終わってんなら入ってきな」


「し、失礼いたしんす」


 おかみさんの指示で襖を開けたかむろのこのみに先導され、煌びやかな着物を花魁スタイルで着崩した遊女が一人、座敷に上がった。その着物の柄には見覚えがあって、藍色の地に淡いピンクの花と扇子の模様が施されていた。


「あ…、あ…、あんずだがやぁぁぁッッ!!お前、その格好どーしたんだッ!?」


 連れて来られた遊女は、何とあんずだった。

 都入りの際、一度はこの着物に袖を通させていたが、やはり本職のスタイリングは物が違う。桃子による着付けも充分に可愛かったが、今のあんずには色気が足されていた。化粧も何だか大人びている様に見える。しかし、色気を一番演出していたのは着崩しでも化粧でもなかった。


「た、たくちゃん…。どーですか??かわいーですか??

 っていうか、胸がくるしい……」


「そんな貧相なおっぱいぶら下げてやなぎ家の看板背負わせるワケにはいかないからねぇ。こっちもちょっと細工させてもらったよ」


 身長と容姿はおかみさんの御眼鏡に適っていたあんずだが、胸ばかりは赤点を付けられた。そこを補う為に、胸をサラシで締め付けて、寄せて上げて揉まれたあんずの胸元には、立派な谷間ができていた。大きさで言うとCカップくらい??これめっちゃエロいやん。どーしてくれんの??これ。

 俺は、女性の胸は小さい方がいいと思っていた。大きい胸だとシルエットのバランスが悪くなる。Cカップを超えると、俺の美的センサーは反応しないのだ。

 しかし実際には、AからCへとバストアップしたあんずを見て、ちんちんがイライラしっ放しだった。性的センサーはビンビンに反応していたのだ。俺はただおっぱいに怯えていただけなのかも知れない。

 おっぱいは決して怖くない。勇気を持ってください。そんなエールが聞こえてきそうな程、俺はあんずの谷間に釘付けになっていた。


「おかみさんッッ!この子買いますッッ!!いくらですかッッ!!」


「フフ…ッ。まいどありッ。この子はそうだねぇ……、初物ってのもあるし、器量もある…。一晩で貝10万ってとこさぁね」


 このクソババァ、この後に及んでまだ俺の足元見ようってぇのか…ッ!俺はてめぇの食いもんじゃねぇんだぞ…ッ!それに、あんずは元々俺のもんだっつーのッ。何でこのタヌキババァに貝払わなきゃなんねーんだよ。

 俺の理性は脳裏でそんな言葉を生み落していたが、お風呂上りのあんずを見てからこっち、下半身にかかる得体の知れない圧力が、俺から財布の紐を盗んでいった。


「おかみさん…ッ、その値段でこの子買ったああぁぁぁぁッッ!!!」


 おかみさんとの取引は、100%俺の妥協で成立した。

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