第186話ハーフタイム1

 人質兼案内役の自警団を一人連れて、ひーとんたちは本部の中をウロウロしていた。予見していた通り、私物は地下の金庫にあり、無事に回収できた。しかし、本部の入り口で引き離されたイナリとリュウジのアヤカシ組の居場所がどうやったって見つからない。留置房の監視員だった自警団の彼に聞いても、アヤカシについては管轄外の様で、情報を引き出す事はできなかった。


「まいったなぁ…。手詰まりだぞ、コレ。どーするよ、ひーとん」


「ここでウロチョロしてても埒が明かねーじなぁ…。一回'98に戻るか。でもその前に…」


 この頃には、小間ちゃんの様に従順にさせた自警団を一人除いて、建物の中にいる自警団を粗方ぶっ潰していた。今、彼らは何の制限もなく本部内で行動する事ができる。ここから出ようと思えば、いつでも出られる状態にあるのだ。

 ここから先は、マチコの情報に頼る他なくなったひーとんたちは、'98に戻る前に、この建物に囚われているミコトを解放する事にした。ちょっとした目的の為に。


 留置房は一室一室頑丈な南京錠で施錠されているが、鍵穴は全て共通で、一本の鍵で開ける事ができる。その鍵は、監視員全員に渡されており、ひーとんたちが連れている自警団も当然持っていた。

 階段を上がって房のある最上階まで辿り着くと、何やら大きな物音が響いていた。ひーとんが力技で格子を破った事で、脱獄を試みる者が大勢いた。っていうか、全員だった。


「チクショーッッ!!ビクともしねぇぇッッ!!」


「痛ッッてぇぇ!!足折れたッッ!!」


 お前ら何してんの?と、声を大にして言いたかったひーとんたちだが、今は時間的猶予があまりない。このままコイツらの喜劇を眺めていたい気持ちを抑えて、解放するにあたって言っておかなければならない事柄を、ここにいるアホ共に伝えた。


「お前ら、ちょっと静かにしろ。そんなに出てぇなら出してやる。ただし、交換条件だ。俺らの話聞く気があるヤツは通路側に立て」


 ひーとんの言葉に耳を傾ける者は大勢いた。っていうか全員だった。そんなにここでの生活が嫌なんだなぁ。

 今捕えられているミコトの数は、ざっと見積もって十五人程いた。これだけの人数がいれば、事は簡単に成せるだろう。ひーとんは彼らに向かって、ここから出す代わりにやって欲しい事を説明した。


「俺らは『スパイス』を潰すために都に来た。もう既にスパイス工場はぶっ壊したから、二度と生産はできねぇだろう。次は売り場になってる『もくもく亭』を壊滅させてぇんだよ。そこでお前らの出番だ。店舗は都に四軒あるらしいんだけどさぁ……、


 ちょっくら火ぃ着けてこいよ…♡」


 どんな条件を差し出されるのかと身構えていたならず者共は、どいつも『え?そんな事でいいの?』と言わんばかりの拍子抜けした顔していた。コイツらが何の罪でここにブチ込まれているかはしらないが、放火するくらいワケないんだろう。

 ほぼ全員がひーとんの条件を飲もうとしたその時、一人のミコトが異議を唱えた。


「ちょっと待ってくれよッ!って事は、もうスパイス吸えねーってのかッ!?じゃあ何のためにシャバに出るんだよッッ!!」


 あちゃー…。やっぱりここにもいたかぁ、スパイス中毒者。多分彼は、シャバでスパイスをキメるのを楽しみにこれまで耐えてきたんだろう。それを台無しにする事には手を貸せないのは分かる。だが、こんな事は想定の範囲内だ。なんたってこっちにはドラッグのエキスパートがいるからな。

 緑はスパイスユーザーの彼に近づくと、『好きモン』にとっては魅力この上ない台詞を、甘く囁いた。


「お前、スパイスなんかで満足してんの??かわいそーに…。私らに協力してくれたら、もっとブッ飛ぶモンくれてやるのになぁ。

 例えば…、『コレ』とか…ッ」


 鉄格子越しに見せたのは、シャブの結晶が入った小さなパケだった。その中身を一瞬で理解した彼は、もうシャブにしか目が行ってなかった。緑の持つパケをヨダレ垂らしながら見つめている。コイツも元々現世ではジャンキーだったんだろう。それがこの世界に来て出会えたドラッグはスパイスだけ。それはちょっと気の毒すぎるよな。

 でもジャンキーなのは、緑やひーとんも同じ。スパイスを潰しても、それに代わる趣向品ドラッグを供給する所までちゃんと作戦の内に入っている。しかも、ヨシヒロのカナビスや緑のシャブを一発かませば、スパイスの事なんて忘れてしまうに違いない。

 そこまで説明してやると、漸く全会一致の協力を得る事ができた。あとは皆で仲良くもくもく亭に火を着けてくれればいい。

 留置されていたならず者を全員解放したひーとんたちは、彼らと共にこの建物から出て行った。だが、出入り口を出ると、そこは都ではなかった。


「あれ??私らって捕まってから都を出てないよな…??」


「こりゃ、やられたな…。向こうにも『ミカド』がいやがったか…」


 普通の感覚ではあり得ない事も、この世界では当たり前の様に起こる。こういうワケの分からない現象は、十中八九ミコトの仕業なのだ。おそらく空間や境界を弄れる力を持つ者が介入してるんだろう。仕組みは分からなくても、理由や目的は大体想像が付く。


「まいったなぁ…。今どこにいるのか分かんねーぞ、コレ。どーするよ、ひーとん」


「どーしようもねーわ、コレ」


 現在地が把握できない以上、都への方角も道のりもままならない。しかも既に夜だったので、東西南北すら分からないときた。完全に打つ手がなくなったひーとんと緑は遠くを眺めながら立ち尽くしていたが、そこに助け舟をだしたのは、お香屋の塩見だった。


「今は、都の北西にいる感じかなぁ?左手に見えるのが、鞍馬山。正面に見えるのが、比叡山。都の入り口って朱雀門しかないんだよね?じゃあ、南東方向に進めば都の西壁にぶつかると思うよッ」


 ひーとん、緑、ならず者共は、塩見が言っている言葉の意味が全く分からなかった。多分日本語だと思うんだけど、全然伝わってこない。この子、一体何を言っているんだ?お香の吸いすぎで頭がおかしくなったのかな?


「し…、塩見ちゃん…。ここがどこだか知ってるの…??」


「知ってるも何も、ここは私の故郷だよッ!初めて会った時言ったじゃんッ!『京都出身』だってッ!」


 彼女の言葉を要約すると浮かび上がってくる事実は、長年この世界に身を置くひーとんと緑にとって、にわかに信じられるものではなかった。

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