第178話ナインティエイト2

「国枝くんッ!?大丈夫ッ!?」


「はは…、大丈夫大丈夫…。色々ビックリして気が遠くなっちゃった…」


 ミコトとして結構な時間を過ごしているヨシヒロでも目眩を覚える程、マチコのカミングアウトは衝撃的だった。自身も『ハクト』というアヤカシを連れてはいるが、ロボットのアヤカシは流石に反則でしょ。喉ちんこまで出た言葉を飲み込んだヨシヒロは、マチコの従者である『ヒトミ』を凝視した。

 だが、彼女(?)はどうやったって人間にしか見えない。教えられなければ、ロボットだと疑う余地すらないのだ。都の、…いや、ミコトや開拓者のテクノロジーは、ヨシヒロの想像を遥かに超えていた。


「ヒトミは元々、都の監視・盗聴を目的として作られた防犯カメラみたいな物で、試作型13号っていう型番がついていたの。その『13』をもじって『ヒトミ』って名前をあげた。そしたら私に懐いちゃって…」


 ネーミングはともかくとして、情報の収集の為に拵えられたロボットに名を与えた瞬間、ヒトミはアヤカシとしての命が宿った。似た様な事は、日本神道の考え方にもある。日本人は万物に魂があると信じているのだ。それはロボットも例外ではない。

 とは言っても、実際に魂や意思が宿った道具や人形を見た試しなどあるはずがない。迷信や眉唾で留めて置くべき事象が目の前にいる事は、ヨシヒロにとってにわかに信じられるものではなかった。


 余談ではあるが、アヤカシは付き従うミコトの身の安全を第一に考える。その傾向はあんずに顕著に見られる。我が主を脅かす者を、決して許さないのがアヤカシだ。だが、ヒトミの護衛はマチコにとってネガティブなものになってしまった。


「そ…、そりゃ私だって思春期の女の子なんだし、エッチな事に興味ないって言ったら嘘になるよ?でも、手頃な男の子誘って事に及ぼうとすると、必ずヒトミが駆けつけて相手の子を攻撃しちゃうの…。だからちゃんと最後までデキた事がなくって……」


 これ何の話??この女、男二人を前にして何くっちゃべってんの??それを聞かされたこっちはどーしたらいいの??処女膜ブチ破ってやればいいの??冷静で温厚なヨシヒロも、逼迫した今の状況に全く関係のない話をするマチコに少しイラついていた。それでもこの秘密は俺やひーとんや緑に絶対教えないでおこうと決意した。


 ヒトミの様なアンドロイドは都中に配備されていて、各端末からの情報を統括しているのがヒトミだ。集めた情報はマチコというフィルターを通し、自警団に送られる。どの情報をどれだけ自警団に渡すかは、完全にマチコの成すがままなのだ。

 しかし、自警団も自らパトロールを行い、都の状況変化に目を光らせている。意図的に情報を止めた事がバレれば、しわ寄せを食らうのはマチコだ。そうならない様にコントロールする為にも、スパイの存在は彼女に必要だった。


「現在我々が把握している状況は、ここ『'98』でスパイスに対する治療が行われている事、雀荘で今泉拓也さんが暴れている事、山野仁志さん、瓜原緑さんがアヤカシ二人と共に捕えられた事です。

 あと、塩見千秋さんというミコトも捕えらえています。未確認ではありますが、この方は貴方たちのご友人でしょうか」


「はい、そうです。でも何で塩見さんが…?」


「それは分かりかねます。誰かの後を追っている様でしたが…」


 スパイの彼が教えてくれた状況には、桃子が登場しなかった。それが吉なのか凶なのかは、今の段階では判断が付かない。上手く和政と合流している事を祈るしかないヨシヒロは、この後自分が取るべき行動を思案した。

 現時点で居場所が分かっている仲間は俺しかいない。捕えられているというひーとんたちの居所も、スパイの彼に聞けば教えてくれるだろう。だが、ヨシヒロ一人で乗り込んだ所で、武力を持たない彼ができる事は何もない。

 ここで時間を浪費するくらいなら、いっその事俺と合流するか…。そう考えたヨシヒロだったが、事態は急展開を見せた。店内に、来客を知らせる鳴り物の音が響いたのだ。

 マチコは焦った。入り口の施錠をすっかり忘れていた事を、今更ながら気付いたからだ。マチコと内通していない、別の自警団が現れたと彼女は直感した。しかし、自警団だとしたら、スパイの彼から何らかのアクションがあるはずだ。

 通常の客であってくれ…。そう願うマチコの祈りが通じたのか、姿を見せたのは危惧すべき自警団ではなかった。だけど、普通の客でもなかった。


「あの…、すいません……。ここって…、『ナインティエイト』ってお店…、ですか……?」


 入ってきたのは、土気色の肌に脂汗をじっとりと馴染ませた虫の息の女の子だった。一目見ただけで、ヨシヒロは彼女もスパイスによって身体を蝕まれた中毒者だと理解した。それはマチコも同じだったが、そんな事より店内の現状を他の者に見られるワケにはいかない彼女は、女の子を引きずり込みながら物凄い勢いで扉を閉め、ついでに施錠した。


「あなた、何しにきたの??」


「…こ、ここにくれば、スパイス中毒を治してくれるって聞いて……」


 一体、誰からの情報だろうか。治療の事は、ごく一部のミコトにしか知られていない。自警団の回し者かと勘繰ったが、それはないとスパイの彼は言った。彼女を問い質す事もできただろうが、嘘や偽の言葉を言うよう脅されている可能性もある。だったら、ここから情報を与えられた所まで、彼女の足取りを遡ればいい。

 マチコはヒトミに指令を出した。


「ヒトミ、この子がここに着くまでを巻き戻して」


「分かったよ~ん。マチコちゃんッ」


 え?マチコに対してはこんな反応するの??バカにしてるの??ヨシヒロの脳裏には、色んな文句が駆け巡っていたが、そんな彼を後目に調べものはアッサリ片が付いた。流石は監視用アンドロイド。『Nシステム』並の追跡力だ。

 彼女に『'98』と『治療』についてを教えたのは、治療済みの軽度患者の子たちだった。あの子たちも、同じ苦しみを味わっている中毒者を救いたいと考えてくれている様だ。しかも、なるべくヨシヒロら治療班に危険が及ばないように、段階を分けて情報を与えていた。

 仲間の安否も気になるヨシヒロだったが、自分に任されたのは最初からスパイス中毒の治療だった事を思い出し、彼女に対する診察を始めた。

 この子もここに辿り着くまで弱った身体に鞭打って、救いを求めにきた。それに応えてやれなければ、医者の名折れだ。

 現世では人の命を奪う事しかできなかったヨシヒロは、自分に救える命がこんなにもある事に、得も言えぬ喜びを感じていた。

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