第177話ナインティエイト1

 テレパシーで和政との合流を桃子に指示したヨシヒロは、引き続きマチコの隠し部屋で自警団の増援を待ち受けていた。傍らには未だに言語が文字化けしている壊れた自警団を携えたまま。一方ハクトは、二階の宿で死の峠を乗り越えた重度患者のお世話をしている。

 先の自警団がここに来てから、四半刻ほど経っている。もういつ新たな自警団が乗り込んできてもおかしくない。しかし、さっきと違って治療の現行犯を押さえられる事はない。ヨシヒロは幾分かの気持ちの余裕を取り戻していた。

 そんな中、マチコの店『'98』に来客の鳴り物が響いた。が、やってきたのは勿論客ではなく、自警団だ。しかも今度は二人組で、先陣を切って入ってきた片割れは、既にボルテージがマックスの状態だった。


「おいッ、マチコォッ!てめぇ、何のつもりだ!?情報屋風情が好き勝手やってんじゃねぇよ。ブッ潰すぞ…ッ」


「ご挨拶ね…。そう言うあんたこそ、二一組風情がデケェ面してんじゃねーよ。クソガキ」


 マチコの反抗は予想外だったのか、言われた自警団は一瞬たじろいだが、すぐに怒りが再発熱し、感情に任せて彼女を襲おうとした。自警団というか、二一組のヤツはどいつもクールなイメージを持っていたが、全員が全員そうではないみたいだ。

 本来、そういう行動を取り締まるべき自警団が爆発させたマチコへの怒りは、彼女に届く事なく鎮火させられた。共に来たもう一人の自警団の手によって。


「マチコさん、申し訳ありません。コイツの機能は停止させたので、ここからはオフレコですよ」


 どうやったかは分からないが、荒れていた片割れは既に意識を絶たれていた。それに、彼に手を掛けたもう一人は、佇まいというか態度がこれまでの自警団とはかなり違っている様子だった。マチコを『さん』付けで呼んでるし。

 壁一枚隔てた隠し部屋にいたヨシヒロは、店側の方で何が起きているのか聞き耳を立てていたが、流石にこのシチュエーションには理解が追いつかないでいた。そんな彼に部屋を出てこちらに来る様に、マチコは声をかけた。


「国枝くん、もう大丈夫だよ。こっちきて」


 依然警戒を怠れないヨシヒロだったが、この局面でマチコが裏切る理由も必要もないだろうと判断した彼は、酒棚ごと隠し部屋の扉を開け、姿を表した。


「国枝祥弘さんですね?先ほどはウチの者が失礼しました。貴方が壊したソレの事はお気になさらずとも大丈夫ですよ。後で処理しておきます」


 自警団であるはずの彼は、お仲間を破壊したヨシヒロを咎めたりはしなかった。っていうか処理って何?と、疑問符が立て続いているヨシヒロに、マチコは彼との関係性や自身の事を語り始めた。世間話などに時間を費やしている場合ではないと分かっているヨシヒロだったが、その情報は今後の活動に大きく関わってくると直感し、マチコの言葉に耳を傾けた。


 現世でのマチコは、インターネット上での人々の繋がりに強い関心を示していた。匿名の掲示板や個人のブログ、様々なウェブサイトを漁り、マチコ自身もネットワークの中心になったりもした。そこで見えてきたのは、オフラインでは語れない人々の本音だった。

 いくら世間の表面上で道徳や美徳、綺麗事を解いた所で、人間の持つドロッとした負の感情を拭い去る事はできない。自分が絶対傷つかない場所、自分の正体が分からない場所に立てば、誰でもその汚い素顔を曝け出す。マチコはそれが面白くて仕方なかった。

 そういった人間の汚いドロドロをもっと見たくなったマチコは、バーチャルの空間に建前を必要としない世界を構築した。最初は細々としていたその空間は、一度広がりを見せると、瞬く間に多くの人間を飲み込んだ。バーチャルの世界に投影したもう一人の自分の自由さが、誰にとっても気持ちの良いものだったからだ。

 管理人として、大勢の人間の交流を監視していたマチコは、汚いドロドロを存分に楽しめるのだと期待した。だが、自由な空間に表れる人間性が、汚れたものばかりではないのだと思い知らされた。

 何処の誰とも知らない相手の悩みを聞いて励ましたり、共通の趣味を持つ会った事もない者同士が仲を深めたり、日常のちょっとした幸せを分かち合ったり…。そんな場面を何度も目撃して、マチコの関心は一つ上の次元に到達した。

 この人は何を考えて生きているのだろう。この人はどんな時代に生まれてきたんだろう。この人はどんな人生を歩んできたんだろう。関わり合いの中で見える一面ではなく、その人個人の情報を集める事が、マチコの新たな楽しみになった。彼女自身が作った世界は、その願望を叶えるのに最適なツールだった。


「個人情報を漁るようになった私は、16歳になった時、手水政策の被行者に選ばれたの。でも私は他の人ととは条件がちょっと違った…。

 私はミコトだけど、『開拓者』でもあるの」


「我々自警団も、マチコさんが作ったシステムを利用して、互いの状況や情報を共有しています。彼女の技術は都を監視する上で欠かせません」


 開拓者としてこちらの世界に送られてきたマチコは、都の創建に関わっていた。何もない大地だったここが、ミコトの溢れる絢爛な都になるまでの全てを、ずっと見てきたのだ。無論それは自警団が発足するよりも以前の話で、マチコを慕う彼は当時からの知り合いらしい。そういう二一組を、マチコは何人もスパイとして自警団に潜り込ませていた。つまりマチコは、自警団が知っている事は全部知っているし、自警団が知らない事も知っている。都の情報はあまねく全てがマチコに収束する。

 だから彼女は『情報屋』なのだ。


 都の建設も進んでちらほらミコトが現れる様になると、開拓者としての仕事は終わりを迎えたが、今度は二〇組のミコトとしての生活が始まった。特別な彼女が有象無象のミコトと同格なワケはなく、当然の様に選ばれし『こっち側』なマチコは、ある日運命の出会いを果たした。


「国枝くんには教えておくけど、実は私もアヤカシ連れなんだよね…。

 ヒトミーッ!おりといでーッ!」


 マチコが呼びかけると、宿屋である二階から一人の女の子が下りてきた。今二階にいるのは、ハクトと患者の二人だけのはずだが…。下りてきた女の子は何と、宿の受付や会計をしてくれるロボットだった。


「この子は『ヒトミ』。アンドロイドのもののけなの。…そ、…その、私がヴァージンなのもこの子が原因で……」


 驚愕の事実を突き付けられたヨシヒロは、その場で気絶した。

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