第176話キチゲェ3

「何でこんなトコに塩見ちゃんがいんのッ!?どーした!?」


「あはは…。色々ありまして…」


 治療を受けて回復した三谷の友達と一緒に『怪鳥』という居酒屋にいるはずの塩見は、薬屋の和政の所へ行った桃子が心配になり、考えなしに怪鳥から飛び出して行ってしまったそうだ。三谷の友達から薬屋までの道のりを教えてもらった彼女は、その道中で自警団に身柄を確保された。罪状はよく分からないが、24時間以内に『'98』に出入りしていたミコトを探っているらしい。

 この時点で俺たちは全員、お尋ね者になっていたのだ。まぁ、気を付けてはいたが、自警団の情報網や捜査能力はやっぱり侮れないか。でもそれは悪い事ばかりではない。こうなったらもうコソコソと隠れる必要はないのだ。ヤツらの敵として、これからは堂々と活動ができる。

 それはそうと、ひーとんと緑はマチコの店にいるヨシヒロたちの現状を塩見に問いただした。


「えーと、私とか桃子ちゃんが'98を出たのは、自警団がお店に向かってるって情報が入ったからなの。桃子ちゃんが連れてきた薬屋さんと重度患者の治療を続けてた国枝くんとハクトちゃんは、お店に残って自警団と対峙したみたい…。

 でも、その後すぐに桃子ちゃんに連絡が入って、国枝くんは無事だって。その国枝くんから、薬屋さんと合流するように言われた桃子ちゃんとは別々になっちゃって…。心配になって後を追ってたら、今に至ります……」


 付き合いの浅い塩見にまでも心配されるほど、やはり桃子は頼りなく見えるのだろう。だが、桃子はそこまでバカではないし、ヤワでもない。大抵のピンチは自分で乗り越えるだろうと、ひーとんたちは塩見を安心させた。


「んじゃー、治療班の安否も分かったところで、こっから出るか…」


「へ?」


 たった今プリズン入りしたばかりだというのに、いきなりひーとんは脱獄宣言をした。何を言ってるのか分からなかった塩見は、気の抜けた声を上げたが、彼女は知らないのだ。このトチキチヤンキーの持つ圧倒的破壊力を。

 ひーとんたちがブチ込まれた雑居は、三方が分厚いコンクリートの壁で、通路に面する一方は鉄格子の内側に焼肉で使うような目の細かい鉄の網が張られていた。その光景は、ひーとんの嫌な記憶を呼び起こした。


「この作り…、鑑別と同じだ…。何か腹立ってきたわ…ッ」


 何故か勝手に怒りのボルテージを上げるヤンキーは、その巨体から繰り出される前蹴りを鉄格子に食らわせた。網と格子がぶつかり合う金属音が辺りに響いたが、それが鳴り止むよりも速く、再度蹴りを入れると、格子が網ごと大きく歪んだ。

 だが、格子がいくら広がろうが、網を破れなければ外に出る事は叶わない。そのくらいは理解しているであろうひーとんは、それでも前蹴りを繰り返した。

 同じフロアにはいくつもの房があり、何人ものミコトが囚われていて、ひーとんが奏でる金属音の響きに痺れを切らしたのか、あらゆる方面からヤジが飛んできた。


「うるせぇぞッッ!!なにやってんだ、このバカ!!」


「どーせ出れやしねーよッ!!もう止めろッ、このクズがッ!!」


 罵詈雑言を涼しい顔で受け流すひーとんだったが、ヤジが増えるほどに比例して前蹴りの威力はどんどんと強くなっていった。そしてある時を境に、響く音が変化した。コンクリート壁に固定された格子と網の境界がメリメリと剥がれ出したのだ。

 あと一息だと確信したひーとんは、最後の最後に会心の一撃を加え、ついに自由への扉をこじ開けた。


「よっしゃー、ナイスゥ!ひーとんッ。さ、出るよ。塩見ちゃんッ」


「えぇ…」


 この留置房だって、それなりに設計された強度で作られているはずだが、それを生身の力技で打ち破るひーとんを、塩見は少しだけ訝しんだ。この子、本当に同い年の人間なのだろうか…。そんな心の声が顔にまで出ていたのだ。

 一連の光景を間近で見ていた他のならず者は、それまで飛ばしていたヤジが嘘の様に、ひーとんを称えその恩恵に肖ろうとした。


「ス…、スゲーよ、あんたッ!!」


「頼むッッ!!俺たちも出してくれぇぇッ!!」


 コイツらは手首に高性能のべリングでも入れてんのか?クルクルしすぎだろ。出たけりゃ自分で出ろよ。とは、口には出さなかったが、蔑みと憐みが半々で混ざった視線を彼らに残し、ひーとんたちは房から去ろうとした。だが、流石に派手な音を鳴らし過ぎた為、何人もの自警団が騒ぎの収束に駆け付けてきた。

 そうなるだろうと、予想と覚悟をしていたひーとんは、一人ずつ相手できるように通路の中ほどでヤツらを迎え撃った。

 自警団たちはそれぞれの手に警棒を備えていたが、45口径のピストルでも中々止められないトチキチに適うワケもなく、全員が一撃で沈められていた。何しにきたんだろ、コイツら。


「ひーとん、一人連れてこうぜ。ここん中の事知ってるヤツが必要だろ?イナリたち迎えに行かなきゃだから」


 一番ダメージの少なそうなヤツをテキトーに選んで同行させる事にした。今は朦朧としているが、緑の手荷物さえ回収できれば気付けさせる事も、従順にさせる事も可能だ。先ずは没収された私物の捜索から開始した。

 留置房の作りや手続きのやり方を見たひーとんは、建物やシステムが現代の警察をモデルにしているのだと直感した。だとしたら、私物は地下の金庫に保管されているはずだ。ひーとんたちは階段を探し、下へ下へと下りて行った。その途中、何度も自警団に遭遇したが、その度にひーとんの拳が炸裂した。


「あ…、あの…、山野くん…??この人たちって大丈夫なの……??」


「日が昇ると回復しちゃうんだけど、それまで時間はたっぷりあるから気にしなくてもいいよッ」


 塩見が心配したのはそこじゃない。人間をこんな壊し方していいのかって事だ。手水政策を受けて三年経つと言っていた塩見は、日の境で傷や体力がリセットされるミコトの仕組みを知らなかった。それよりも何よりも、こんな生々しい暴力を惜しげもなく披露するひーとんと、それを当たり前の様に受け入れている緑が怖くて仕方なかった。

 彼らは一体どんな人生を歩んできたんだろう。一体どんな了見で人を破壊する事を良しとしたんだろう。価値観が違いすぎる二人を前に、塩見は本音をポロッと漏らしてしまった。


「この二人…、『キチゲェ』だ……ッ」

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