第175話キチゲェ2

「リュウジもイナリもビビる事ぁねーぞ。堂々としてればいい」


 自警団に捕まるつもりのひーとんたちは、アヤカシ二人を連れて都の門を潜ろうとしていた。都にアヤカシを入れてはいけない、というのは大前提のルールなのだが、あんずを変装させただけで難なく潜入させられたので、物理的にアヤカシが門を通れないワケでない。

 しかし、リュウジは平均的なミコトの身長くらいはあるが、イナリの方は不自然なほど小さい。これは誰が見ても、直ぐにミコトではない事に気付くだろう。自警団に捕まりたいひーとんたちにとって、それは渡りに船だ。

 案の定、門を潜りきる前に、防人によって進行を阻止された。


「ちょっ、ちょっとすみません、止まってくださいッ!そちらの方はミコトには見え……―――」


「ッシェイオラアアァァァァッッッ!!!」


 …バチィィンン…ッ!


 防人のミコトには気の毒だが、彼は自警団ではなく門の番を任された普通のミコトなので、ひーとんたちにとってお呼びではない彼は、言葉を言い切る事なく亡き者にされた。アンチマテリアル並の拳を浴びせたひーとんは、殺した防人を気にもせず、都の中へと押し入って行った。

 その一部始終を目撃していた他のミコトは、少しだけザワついていたが、ひーとんたちを取っちめようと考える者は一人もおらず、知らぬ振りを貫いていた。

 それでも、公衆の面前で『殺し』を行った事には変わりない。こんな感じで騒ぎを起こしていれば、いずれ自警団の包囲網に引っかかるはずだ。


「これからどーするよ、ひーとん。どっか行くアテとかあんの?」


「んなもんねーよ。テキトーに歩いて、テキトーに暴れてりゃいんじゃね?」


 本当は二人とも、マチコの店まで行って治療班の安否を確認したかった。だが、自分たちが世話を焼かずとも、ヨシヒロがいれば何とかなるだろうし、何の連絡もない事自体が良い知らせなのだろう。それに、大っぴらにアヤカシを連れている今は、仲間との接触は避けた方が良い。そう判断した彼らは『'98』に寄らず、なるべく人通りの多い所でトラブルの種を蒔く事にした。

 夜の帳が下りた都は、立ちんぼや客引きが道行くミコトに声をかけていて、いつもの賑わいを見せていた。その喧噪に紛れて、ひーとんと緑は行き交うミコトを物色し、手頃なエサを探した。生意気で喧嘩っ早くて頭の悪そうなヤツを。そんなミコトは都には掃いて捨てるほどいるので、お目当ては簡単に見つかった。チーマー風の三人連れだ。

 ひーとんたちはその集団から少し離れた場所で彼らを凝視した。そして、いくらも経たない内に怪力男と刺青女の視線に気付いたチーマー集団は、肩で風を切りながらひーとんたちに近づいた。


「オラアァァッッ!!なにガン飛ばしてんだテメェらぁぁッッ!!」


「殺すぞオラアァァッッ!!」


「オラアァァッッ!!」


 しかも、上手い具合にコイツらは都初心者だった。都に慣れている者なら、気に食わないヤツがいたとしても、こんなあからさまに絡んできたりはしない。自警団の取り締まりを敬遠しているからだ。だが今回に限っては、この反応は有り難い。直ぐに自警団がすっ飛んで来てくれそうだ。


「悪い悪い。お前らがスゲー田舎臭かったから、笑ってたんだ」


 神経を逆撫でさせたら一等賞の緑は、持前の口の悪さでいとも簡単にチーマーたちをその気にさせた。激昂した一人が緑に襲いかかろうとしたが、今度はひーとんがいとも簡単に返り討ちにした。緑の胸ぐらを掴もうとした腕を両手で捕えると、そのままポッキンアイスの様に二つ折りにしたのだ。

 絵に描いた様な悲鳴を上げる仲間の一人を目の当たりに、あとの二人も臨戦態勢に入った。これを見て怯まないのは、気合いが入っていてよろしい。それを喜ばしく思ったひーとんは、彼らの反撃を心から歓迎しようとした。

 しかし、ひーとんの希望は叶う事はなかった。騒ぎを聞きつけた大勢の自警団が、岡っ引の如く現れたのだ。


「きみたちッッ!!何をしているんだッ!」


「争い事は看過できませんッ!双方、両手を頭の後ろで組みなさいッッ!!即刻ッ!!」


 この高圧的な態度は相変わらず鼻に付くが、計算通り自警団の炙り出しに成功した。こうなればもうチーマー共はどーでもいい。ひーとんたちは自警団の指示に素直に従った。そんな彼らとは対照的に、腕を折られた事を勘弁できないチーマー共は、仲裁に入った自警団に食って掛かっていた。大人しく明日まで待ってりゃ、そんな怪我すぐに治るっていうのに、それも知らないみたいだ。

 烏合の喚きなど取り合わない自警団は、チーマー連中よりひーとんたちを重視した。さっきの防人の件について既に通報があった様で、アヤカシを含めた四人組を探していたのだ。


「確認ですが、その二人はミコトではありませんね?」


「あぁ。コイツらはアヤカシで間違いねーぞ。なんか文句でも?」


 余裕綽々でひーとんが答えると、自警団たちの雰囲気がガラッと変わり、指揮を取っていたリーダー格のミコトが割れんばかりの声で号令をかけた。


「確保オオォォォォォォォッッッ!!!」


 抵抗する気などこれっぽっちもなかったひーとんたちだが、力ずくで拘束具をハメようとする自警団の扱いの雑さに業を煮やし、それまでの冷静さを少し欠いている様だった。


「痛ってぇってッッ!!ムリヤリすんなッ!ドタマぶち抜くぞッッ!!」


「おいッ、ゴルァァッ!!今、誰か私の胸触ったろォォッ!!出てこいッ、ムッツリ野郎ッッ!!」


 ――――――――――………


 緊急確保されたひーとんたちは、手を後ろで縛られた状態で目隠しまでされ、何処かへ移動させられていた。しかも徒歩で。現代の警察だったら、逮捕後はパトカーで運んでくれるのに、そういったサービスは行き届いていないみたいだ。

 暫く歩かされた後、どこかの建物の中まで案内されると、いきなり目隠しを外された。そこは、この世界では見た事がない、鉄筋コンクリート造の建物だった。それにここを照らす光は白色の蛍光灯で、懐かしい現代の記憶が呼び起こされそうだ。

 視界が蘇って気付かされたのは、リュウジとイナリの姿がここにない事だった。どうやらミコトとアヤカシは別々の場所で収容される様だ。まぁ、隔離されたとしても、同じ建物内にいるなら問題ない。

 氏名や生年月日など個人情報の確認作業を終えたひーとんと緑は、持ち物を全て没収され、二人とも同じ雑居に入れられた。そこには先客が一人いて、ひーとんたちの姿を目にするや否や、大声で話しかけてきた。


「あれぇッッ!?緑ちゃんと山野くんッ!?」


 その先客は、ヨシヒロたちと一緒にいるはずの、お香屋の塩見だった。

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