第174話キチゲェ1

「何かヒマになったなぁ…。みどりん、シャブある??」


「な、自警団の増援がきてもおかしくねーのにな。悪ぃ、シャブ全部食っちまった。コンテナに戻りゃ、ストックあんぞ」


 商品を取りに来た自警団を三人ブッ殺して、十体となった肉塊が転がるラボで、ひーとんと緑は小さな愚痴を溢していた。スパイス工場が襲撃に遭っている事は明るみになっているはずだが、工場を訪れる従業員も自警団もいなかったからだ。おまけに緑の手持ちの覚せい剤が底を尽きた事もあって、二人のフラストレーションは溜まりっ放しだったのだ。

 ここで待っていても埒が明かないと考えた二人は、もう一度都の方へ戻るつもりの様だ。切り離したもう一つのコンテナから、緑の荷物を取ってくるんだろう。

 工場をあとにする前に、緑は宿直室かっぱらってきたスパイスのレシピと、ラボにあった原液を懐にしまった。


「おい、みどりん。小間ちゃんはどーする??」


「コイツはここに置いてく。敵が来たら私にテレパシー送るように暗示かけといたから、見張り番だな」


 もう完全に道具と成り下がってしまった小間ちゃんを残し、ひーとんとリュウジ、緑とイナリの四人は、ラボを出た。破壊した入り口の扉から差し込んでいる光が赤みを帯びているの見て、ここに乗り込んでから大分時間が経っている事が分かった。その扉を抜け、階段を上がると、ひーとんのトラックを取り囲む何人かのミコトがいた。

 工場の関係者である可能性も充分あるので、ひーとんはリュウジの記憶に頼った。


「リュウジ、あいつら見た事あるか?」


「いや、ないな。ワタシの知っているミコトではなさそうだ」


 だったらそんなに警戒する事もないかと思い、ひーとんはトラックに群がるミコトの集団と接触を試みた。今の所、彼らから敵意などは感じられない。


「ちょいちょい。それ俺のトラックなんだけど、なにか用??」


 ひーとんに声をかけられた連中は、ビックリした様子だったが、逃げるワケでもなく互いの顔を見合わせていた。やはり何か用があってきたみたいだ。その理由を催促する事もなく、ひーとんと緑は彼らの方から口を開くのを待った。

 やがて彼らはヒソヒソ話の会議を止め、ひーとんたちに向き直った。その表情は硬く、どこか困っている様にも見えた。


「お、お前らだろ…?工場を襲撃したのって…。俺たちは、羽根田さんからお前らを片付けてこいって言われて来たんだけどよぉ…。ラボの惨状見たら、適うワケねーって思って……」


 どうやら彼らは、ラボの中を覗いてしまった様だ。その事を全く気付いていなかったひーとんと緑だが、実はイナリとリュウジは気づいていたらしい。しかし直ぐに引き返して行ったので、特段伝える様な事でもないと判断したのだ。

 あり得ないブッ殺され方をした従業員や自警団の姿に、元々少なかった戦意を全て失ってしまい、それでもオメオメと帰るワケにもいかないので、彼らはここで油を売っているしかなかったらしい。


「実はよぉ、俺たち『もくもく亭』の売り子なんだけど…、もう羽根田さんに良い様に使われんのはウンザリなんだよぉ…ッ!

 お前らスパイスやもくもく亭をブッ潰したいんだろッ!?俺たちを、そっちの仲間に入れてくんねーかな…?」


 彼らの切なる言葉に、ひーとんも緑も一切の興味を示さなかった。羽根田が怖いから言う事聞いて、ひーとんたちが怖いから尻尾を巻いて、コイツら逃げてばっかじゃねぇか。この手の雑魚を味方に招いた所で何のメリットもない。っていうか、再び裏切る可能性を考えたらデメリットしかない。

 かと言って、敵対関係を保ったまま好き勝手されても不利益になるかも知れない。ひーとんは少し考えて、テキトーな理由付けてコイツらをラボに閉じ込める事にした。


「いいぞ。お前らの仲間も一人、もう俺らの味方になってんだ。名前は知んねーけど。今ソイツにラボを見張らせてっから、一緒に付いてやってくれ。

 俺らを裏切らねぇうちは、何があっても羽根田から守ってやる。その代わり、もし裏切ったらどうなるかは分かってんだろぉな?」


 ひーとんからの了承と警告を受けた彼らは、全員固唾を飲んでいた。そりゃ、ラボで転がってる死体を見たら裏切る気も起きないだろうが、詰まる所それは恐怖支配だ。長く続く信頼関係は築けないだろう。早ぇとこ自警団とカチ会って殺されねぇかな?という期待を膨らませつつ、ひーとんたちはトラックに乗り込んだ。


「ひーとん、いいのか?」


「構いやしねーよ。どーせ何もできねークズ共だ」


「いや、そーじゃなくてよ…。小間ちゃんの手足見たら怖気づいて逃げ出すんじゃね…??」


 ラボに置いてきた小間ちゃんは、ひーとんからの拷問により両手両足の指を全て落とされてたままだった。しかも、緑の計らいによって眠れない身体にされていたので、小間ちゃんの傷が回復する事はまずない。それを彼らがどう捉えるか。

 服従か抵抗か。恐怖の足枷は、彼らをどちらの方角へと導くのだろう。別にどっちでもいいんだけど。そんな事を思いながら、ひーとんは都に向けてトラックを走らせた。


 ――――――――――………


「今ちゃんたちはどーしてっかなぁ?」


「ヨシヒロくんたちは治療に専念してんだろーし、拓也たちはそろそろ賭場に出かけたくらいじゃねーか?」


 ひーとんたち襲撃班とは、昨夜連絡したっきりだった。ヨシヒロたち治療班も、俺たち撹乱班も都の中にいたので、無闇にテレパシーを使える状況じゃなかったのだ。つまりひーとんも緑も、ヨシヒロたちが治療に使っているマチコの隠し部屋が、自警団に立ち入られた事を知らない。

 もし自由に連絡を取り合えたなら、治療班の護衛に襲撃班を向かわす事もできただろう。だが、現実はそう上手く行かない。連携が取れない間は、彼らの行動は彼ら自身に判断してもらうより他ないのだ。

 そして、トチキチヤンキーと腐れジャンキーが選択した行動は、俺から言わせたら『キチゲェの沙汰』と言わざるを得ない、突拍子もないものだった。


「おーいッ、イナリ―、リュウジー。着いたぞ、降りなー」


 切り離していたコンテナのすぐ側にトラックを着けたひーとんは、牽引していたコンテナからアヤカシ二人を降ろした。その間のに緑は自分の荷物を取ってきながら、相変わらずシャブの結晶を貪っていた。

 本来なら、イナリたちアヤカシを連れて都の門を通る事はできない。都のご法度の中でも最たる事項だからだ。もしその禁を犯せば、自警団による取り締まりが行われ、捕縛される事になる。そのルールを逆手に取って、ひーとんたちは自警団の本拠に乗り込むつもりらしい。

 バカなのかな?

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