第171話双子を分かつ4

 直人の裏切りによって盤上には表面的な変化が現れたが、水面下では俺と高桑の支配が続いていた。ヤツらを取り込んで見えてきたものは、二人の打ち方やクセ、ゲームの捉え方や思考の違いだった。コイツらは双子だが、丸っきり頭の中がリンクしているワケではなさそうだ。もしそうなら、裏切りなど起きないからだ。

 澄人は、さっき『ギり』をやろうとした事から、手癖の悪さが浮き彫りになった。多分、俺と同じタイプの打ち手だ。しかも、さっきの犯行は利き腕ではない『右手』で行っていた。両方の腕を自由に扱えるというのは、イカサマにおいて大きなアドバンテージになる。

 逆に直人は、澄人の手牌から浮く牌を狙って上がれるだけの読みの力や、ゲームメイクのセンスがある。これは高桑にも備わっている能力であり、高桑にとっての生命線でもある。

 つまりこの二人は、俺と高桑のコンビに似通っているのだ。しかしそれは、俺たちの下位互換でしかなく、『麻雀』というゲームにおける圧倒的な場数の差がある。俺と高桑は、職校に入ってすぐ賭博に身を投じた。それから手水政策の被行者に選ばれるまでの四年間、ずっとバクチを打ってきたのだ。その熱量は、本来学ばなければならない建築の仕事を遥かに凌駕するものだった。でもちゃんと大工仕事も覚えたよ。

 麻雀を始めとする賭け事を、文字通りの『DEAD OR ALIVE』で生き抜いてきた俺たちは、常人が到達できる次元をとうの昔に越えてしまっていた。賭け事の舞台上では、俺たちは『神』をも凌ぐ事ができるのだ。


 俺と高桑は、澄人と直人の性能差を競わせながら、着実に目指すべきゴールへと歩みを進めていた。


「もう南入りか。そろそろ仕上げの準備を始めなかんなぁ」


 高桑は、半荘を競馬で例える。南入りは第二コーナーを曲がり切ったバックストレッチで、ここから駆け引きが重要になってくる。一番大事なのは、オーラス前。第四コーナーを抜けた時に、誰が何処にいるかで命運が分かれる。逃げるのか、差すのか、周りとの距離を測って自分が走るラインを見定めなくてはならない。

 しかし俺たちにとって、自分が勝つ事はそれほど難しい事ではない。っていうか、それが一番簡単。もっと骨が折れるのは、『誰を負かす』かだ。

 当初は二人をどちらとも負かすつもりでいた。しかし、直人の裏切りで急きょ路線を変更せざるを得なくなった。だって、もっと面白い展開になっちゃったから。

 マチコから仕入れた情報では、澄人は遺体を残していない『こっち側(不死)』で、直人は遺体を残した『あっち側(非死)』だ。どの道、澄人を殺す事はできない。そして、澄人が裏切られた方だという事を数値に代入すると、正解が変わってくる。新しい答えの方が、俺には魅力的に感じられた。


 南一局、澄人のラス親は高桑に振り込む形で流され、親は俺へと回ってきた。この時点で、俺と高桑の点数は安全圏に入っていたが、最後の最後をよりエキサイティングでドラマチックなものにするべく、必要以上の点棒を稼いだ。俺の真意は高桑にも伝わっていて、彼も南三局の親である程度の点棒を集めた。

 場はオーラスを迎え、局面は最後のホームストレッチを残すだけとなった。俺と高桑は、成瀬兄弟の遥か前方を走っている。この時になって漸く二人は、自分たちのケツに火が着いている事を実感した。澄人は高桑が、直人は俺が味方になってくれたと思い込んでいた事が、本当に勘違いだったと今更気づいたのだ。だが、もう遅い。俺たちは必勝コマンドを既に入力済で、コントローラをブン投げたとしても負ける事はない。

 その状況では、純粋に『澄人vs直人』の一騎打ちとなっていた。しかし、コイツらにはまだ気づいていない事がある。それは、俺たちが澄人を勝者に選んだ事だ。

 オーラスの親、直人は、この親で巻き返しを図るだろう。従って、直人の出すサイコロの目は、『自五』で間違いない。一・四か、二・三か…。別にどっちでもいいんだけど、直人がサイコロを振った瞬間、俺はあんずに合図を出した。それを受けた彼女は、一度床を『ダンッ』と踏んだ。これは、この勝負が始まる前にあんずに伝えていた事だ。もし相手のサイコロの目を逸らさなければならない場面があれば、あんずの地団駄でサイコロに介入する。あんずはキチンとその仕事を熟してくれた。お礼の意味を込めて彼女にウィンクを送ると、あんずは両手でほっぺを押さえて喜んでいた。かわいい。

 床に響いた振動は、俺たちが囲んでいる卓に伝達し、直人が振ったサイコロに微妙な変化をもたらした。結果的に出た目は二・二の『左四』だった。狙った目が出せなかった直人の顔には、絶望の色が滲んでいたが、驚くのはまだ早いぞ。

 あんずがズラした事で高桑の山から始まる配牌には、ちゃんと仕掛けがしてあった。さっきの半荘からずっとヤキトリ状態を続けていた澄人を勝たせたい俺たちは、最後の花火を彼に打ち上げさせたかった。サイコロをミスって平で打つしかない絶望的な直人とは違い、澄人は恐怖と驚愕に満ちた顔で、武者震いしていた。

 直人が第一打を切った後、牌をツモろうとする澄人の右手は、カタカタと音が聞こえてきそうな程震えていた。その右手は、ツモった牌を視認した途端握力を失い、牌を落とした。何が起きたか分かっていないのは、直人だけだ。


「澄人、ちゃんと宣言せなかんぞ。せっかくの上がりが流れてまうでよ」


「ツ…ッ、ツツ…ッ、ツ…ッ、ツツツモッッ!!!地和ッ!!16000,8000ッッ!!」


 澄人が恐る恐る手牌を開けながら上がりを宣言すると、上がった当の本人よりも周りにいたギャラリーが物凄い勢いで盛り上がった。あれ?俺の四倍役満の時より騒ぎが大きくね?っていうか、これ演出したの俺たちなんだで、澄人が脚光浴びるのおかしいよね?


「すげぇッ!!すげぇッ!!地和はじめて見たッ!!」


「やるじゃんッ!澄人ォッ!!最後の最後にこんな事ってあんのかよォッ!!」


 あり得ない出来事と野次馬の熱気に気圧されている澄人は、まだ実感が沸かない様だが、この上がりで彼の点棒は36000を超え、ウマを支払ってもプラスになる結果となった。これで決着は付いたはずなのだが、納得のいかないのが直人だった。


「認めねぇッッ…、認めねぇぞこんなもんッッ!!澄人ォッッ!!てめぇゼッテぇブッ殺してやるッッ!!」


 先に裏切っておいてよく言うよな。これが末っ子魂ってヤツ??おっかねーわぁ…。

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