第170話双子を分かつ3

 東一局の配牌が全員に行き渡ると、澄人も直人も同じタイミングで俺にフォーカスを合わせた。本当なら二人に凄く良い手が入るはずだったんだろうけど、俺が台無しにしちゃったからな。でもまぁ、気づかなかった方が悪い。積み込みを覚えるのであれば、積み込みをされた時に妨害する術も身に付けなければならない。それができて初めて、積み込みを会得できたと言えるのだ。

 またも俺の不正行為を見抜けなかったヤツらは、苦虫を口一杯に詰めて咀嚼していた。噛みしめている歯からは、歯ぎしりが聞こえてきそうな程だ。


「そんな睨むなてぇ。怖えぇなぁッ。まだ東一局なんだで、チャンスはいくらでもあるがや。最後まで諦めんな」


 前回の半荘で雀力の違いを突き付けられた二人にとって、俺の言葉はもう不愉快以外の何物でもなくなってしまった。刺さる様なヤツらの視線は、絶品のスウィーツみたく甘美なものに感じられた。この状況、超おいしい。

 甘んじて牌を捨て始める澄人だったが、配牌を自分の山からにした事で、俺と高桑が積んだ山が丸々残っていた。コイツらはまだ『絶半分』の正体を突き止めていない。未来がガッチリ俺たちにホールドされている事にすら気づいていないのだ。

 この後も続く友情がヤツらとの間にあるのであれば、終局後にヒントくらい与えてやっても良かった。だがこのアホ兄弟は、初っ端から俺に楯突きやがった。コイツらにくれてやれる慈悲など、俺は持ち合わせていない。澄人と直人が俺に向ける敵意以上に、ヤツらに向ける俺の殺意がある。この前俺をカモにしようと声をかけてきた瞬間、コイツらの運命は決定付けられたのだ。


 自分たちの行く末が大殺界の底辺だとは知らない二人の間にできた溝は、既に取り返しの付かない所まできてしまっていたらしく、東一局の終盤、俺が期待していた事件が起きた。

 おそらくヤツらも俺たちがそうした様に、先に澄人に点棒を集め、最後に直人が回収する算段でいたのだろう。しかし、澄人のサポートに徹しなければならないはずの直人が、いきなりリーチをかけ始めた。


「おいッ、直人!作戦がちが……―――」


「うっせぇッッ!…いいからさっさと切れよ、澄人ぉ…」


 当初の予定にない打ち方をする直人に困惑する澄人だったが、親である以上連荘を目指さなければならないと理解している様で、降りる事はなかった。上がる為に切るしかない不要牌を、直人のリーチ直後に捨てた澄人の顔面は、瞬く間に蒼白になった。澄人が牌を切った瞬間、直人が手牌を開けたのだ。


「ロン…ッ!リーチ一発ホンイツ白ドラ1…。跳満ッッ」


「お前……ッッ!!」


 きたきたきたッッ!!!これこれこれッッ!!!

 俺がさっき予言したのは、この直人の裏切りだ。こうなる事は、本当にさっきまで視野に入れていなかった。双子には、切っても切れない絆があると思い込んでいたからだ。しかし、現実はそうではなかった。

 圧倒的な雀力の違いと、味わった事のない屈辱に、直人はプッツンきてしまっていたのだ。そして、掛け替えのない兄をスケープゴートにしてでも、自分が生き残る道を選んだ。俺の個人的な意見では、直人の行動は正解の一つだ。所詮人間なんて、結局は自分が一番かわいくて仕方ない生き物だからな。


「カッカッカッ!!見てみろてぇ、高桑ッ!コイツら仲間割れしとるぞッ。どーする??」


「ほんじゃあ、俺は澄人の面倒見るわ。拓也は直人見たってぇ」


 双子の仲違いは予想していなかったが、敵の片方がもう片方を裏切るシチュエーションは、俺と高桑の中では起こり得る現象の一つに過ぎない。こういう事はよくあるのだ。勿論、それに対応するマニュアルも存在する。

 俺たちは、卓上での関係性を変えた。澄人には高桑が付き、直人には俺が付く。


「直人ォ、裏切るんなら最後まで徹底してヤレよ。中途半端はイカンぞ。俺と一緒に澄人ブッ潰そまいッ」


「澄人ォ、弟にやられっ放しでええんか?こうなったら、お前も一発や二発かましたれぇッ。大丈夫、何かあったら俺が助けたるでな」


 俺と高桑は、新たにパートナーを組むそれぞれに、甘い声をかけた。言うまでもなくこの言葉はただのまやかしだ。だが二人にとっては、頼もしくありがたい言葉に聞こえるだろう。これは、ストックホルム症候群を活用した、心理的揺さ振りだ。この時点で、直人は俺を、澄人は高桑を味方と勘違いしてるに違いない。アホの相手は楽で助かる。

 表面上は、俺&直人vs高桑&澄人の対立性が成り立っているが、本質はそうではない。俺と高桑の間には、仲を違える理由が何一つないからだ。俺たちの信頼関係に変わりはない。

 では、何故こんな事をするのかと言うと、それぞれがそれぞれの相手を取り入れる事で、卓上で起こる一切が、俺たちのコントロール下に置かれるからだ。後は、掌の上でコイツらをどう踊らせるかだけだ。


「おい、直人。澄人のヤツテンパッテんぞ。ゴロチの三色狙いだ。脂っこいトコは切んなよッ」


「おい、澄人。お前の手牌で浮いとるドラは直人の当り牌だ。絶対ぇ捨てんなよッ」


 『絶半分』を駆使しながら、俺たちは互いのパートナーに助言を送っていた。ヤツらは本当に俺たちが味方に付いたと勘違いしている様で、指示の通りに打っている。その状況がまたおかしくて仕方なかったんだけど、ここでボロを出すワケにはいかず、二の腕を強くつまみ笑いを堪えた。

 そんな最中、ギャラリーの中で固唾を飲んでいたあんずが、目にも留まらぬ速さで動き、澄人の右腕を掴んだ。


「たくちゃん、コレってズルじゃないんですか??」


 あんずに掴まれた澄人の手には、一枚の牌が握られていた。澄人は握り込みを用いて『ギり』をやろうとしたのだ。不要な危険牌を処理しつつ、二枚の牌を持ってこれるこのワザは、シャンテン数を稼ぐにはモッテコイだ。しかし、『一枚ツモって一枚切る』というルールだけを教え込んだあんずには、見逃す事のできない不正行為だった。


「あぁ~あ、バカやなぁ、澄人。しゃーないで8000点置きゃあ…」


 渋々チョンボの罰符を場に置く澄人は、イカサマを見抜かれた事よりも、掴まれた腕に感じるあんずの握力に驚愕している様だった。彼の腕にはクッキリとあんずの手跡が付いていた。それでもあんずは手加減してくれた。本気出したら腕切断しちゃうしね。


「あんず~、よぉ見とってくれたなぁッ!エライぞッ!この調子で監視続けてなッ」


「はいッ!まかせてくださいッ!」


 俺からの賞賛を笑顔で受け取ったあんずの姿に、鼻の下を伸ばす野次馬が何人かいたが、彼女の正体を披露すれば、その感情は改めざるを得ないだろう。

 その時は、刻一刻と近づいていた。

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