第169話双子を分かつ2

「二回目の半荘始める前に、一服してもええか?その間、お前らも作戦会議しといたら?」


 この雀荘は別に禁煙というワケではないが、対局中の一挙手一投足に全神経を集中させなければならない今日に限っては、カナビスを吸いながら打つ事を避けていた。それでもやっぱりカナビスでブリブリになっていたい衝動には敵わず、この隙にしこたま吸っておきたかったのだ。

 カナビスの紙巻に火を着けると、間髪入れずにあんずが俺に近づいて来ては、俺の吐き出す煙を欲しがっていた。相変わらずその仕草が可愛すぎて、本当チュッチュしたい。間接的に吸い込んだ煙を恍惚の表情で吐き出すあんずの姿に、周りにいたギャラリーの何人かが見惚れていた。やはりこの都では、背の低い子がモテるみたいだ。

 あんずの美しい容姿や可愛らしい背丈に息を飲むギャラリーたちだったが、彼女がアヤカシである事にはまだ気づいていない様子だった。三谷や高桑がそうだった様に、こちらの世界に送られてきて間もなく都に入ったミコトは、『アヤカシ』という存在を知らない者が多かった。

 それでも、あんずの額にある二本の角を見れば、ミコトではない事がすぐにバレてしまう。だからあんまりあんずをジロジロ見て欲しくないんだけど、こんなに可愛い子を連れている俺を羨む視線は、何故か気持ちのいいものだった。


「直人…、次の半荘だけど……―――」


「うるせぇッッ!!黙ってろッ!さっきはお前のせいで負けたんだッ!あれだけ苦労して溜めた貝を一瞬でスカンピンにされたんだぞッ!役に立たねぇ兄貴のお陰でよォッッ!!」


 せっかく二人に知恵を持ち寄る時間を与えたというのに、ヤツらは仲間割れを始めやがった。特に頭に血が上っていたのは、弟の直人だった。さっきの負けが納得いかなくて、怒りの矛先を兄の澄人に向けていたのだ。俺に舐めた口利かれた事や、野次馬に馬鹿にされた事で、堪忍袋の緒が切れてしまったんだろう。

 それでも澄人は、次の半荘を戦い抜く為の算段を必死に組み立てていた。それを直人に伝えようと躍起になっていたが、既に直人は澄人の言葉に聞く耳を持っていなかった。絶対的な信頼関係を持つ、同じ血を分け合った双子の間には、深くて大きい溝ができてしまった様だ。

 俺は二本目のカナビスに火を着けながら、二人の諍いから、それによって生じる未来がある程度ハッキリとした輪郭で見えた。次はもっと面白い事になんぞ、こりゃ。


「あんず。まぁそろそろ対局が始まるもんで、さっきの所におってくれる??」


「はいッ、分かりました!でも、こんどはもうちょっとアタシに構ってくださいねッ」


 そう言って所定の場所まで戻るあんずを愛おしく思いつつ、彼女をイヤらしい目で見る阿呆がいないか気を配った。あんずに指一本でも触れようもんなら、問答無用で愛銃に火を吹かせてやる。と、意気込んでいたが、雀荘に入り浸っている連中の関心事は、既に次の対局に移っていた。可愛い女の子よりも麻雀の方が、彼らにとって重要なのだ。それはそれでどーなのかと思うけど。


「みなさま、二回目の半荘の取り決めを確認いたします。今泉さま、高桑さまのお二人は、引き続き貝を賭けていただきます。レートの変更はございません。

 澄人さま、直人さまに関しましては、今回この『カートリッジ』を賭けていただく事になります。何かご不明な点はございますか?」


 店員さんの言葉に返す刀で答えた澄人は、彼の方をチラリとも見ず、俺と高桑を穴が開きそうな尖った視線で睨み付けていた。


「そのカートリッジってぇのを賭けて、俺らが負けた場合は、何がどうなるんだ…?」


「もう負けた時の心配かてぇ。余計な事気にせんと勝つ事だけ考えて打ちゃあええんだわ。負けたらどーなるかは、負けた時にちゃあんと教えたるでよッ」


 賭け事において大事なのはいかにして勝つかであり、負けた後の事に気を取られるなど、脳のメモリの無駄使い以外の何物でもない。澄人が俺に放った質問からは、深層心理で俺たちに勝てないと悟っている事が窺えた。

 そんな兄貴とは裏腹に、直人は何かを企んでいる様に見える。っていうか、何をしでかすかは手に取る様に分かる。『その時』が来るのが、楽しみで仕方ない。早く来ないかな。


「みなさまのご要望により、席順の変更はございません。前回の最下位である直人さまから、親決めのサイコロを振って、開局してください」


 この店員さんの言葉を以って、二回目の半荘の火蓋が切って落とされた。周りにいるギャラリーの熱狂は勢いを増し、卓に座る俺たちの熱気を合わせると、息苦しさを感じるほど酸素濃度が薄まっている様だった。先にカナビス吸っておいて良かった。


「おい、直人。この親決めで全てが決まると言ってええぐらい大事な場面やぞ。よぉく考えて、よぉく目狙えよッ」


 いざサイコロを振ろうとする直人に、意味あり気な台詞を吐くと、彼の手が一瞬止まった。しかし、この言葉には何の意味もない。誰が起家になろうが、俺たちが目指すゴールは変わらないし、俺たちは道を外さない。俺の口から放たれたブラフに反応したって事は、もう完全に精神的イニシアチブはこっちの物だ。

 直人が意を決して振ったサイコロは、二・四の『六』だった。起家は澄人に決まった。この目は闇雲に振って出した結果ではなさそうだ。だとすれば、親に決まった澄人が次に出すであろう目は大体の予想が付く。

 案の定、澄人が振ったサイコロは、『自五』の目を出した。自分の山から配牌を始める真意は、積み込みぐらいしかない。

 右から五つ目で区切られた山から始まる配牌だったが、親の澄人の下家である俺は配牌をツモる動作に紛れて、自分の山の左端の二牌を澄人の山の右端に移した。


「……、澄人。今ツモった牌戻して。お前山を『六』で区切っとるがや」


 配牌の開始時って、意外と注意が散漫してるから、白日の下で行われた不正行為でも見逃しやすい。そして、一つでも山をズラしてしまえば、せっかくの積み込みも意義を失う。

 俺からの指摘を鵜呑みにした澄人は、言われた通りに牌を戻し、山の区切りを直してから改めて牌をツモった。その時点で俺は、横隔膜の痙攣を抑えるのに必死だった。コイツまんまと引っかかりやがった。クッソ笑える。

 俺が取った行動の意味を理解しているはずの高桑も同じ心境だと思ったが、高桑はずぅーっとポーカーフェイスを維持していた。何でお前真顔なん??余計面白くなるからやめろてぇッ!

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