第168話双子を分かつ1

「な、なんだコレは…??」


 俺がばら撒いたカートリッジの正体が分からない成瀬兄弟は、自分たちの状況まで分かっていなかった。格下からの誘いを断れないこの雀荘のルールを破ってでも、コイツらは二回目の半荘を敬遠する以外、生き残る道はなかったのだ。にも関わらず、安い挑発に乗ったアホ兄弟の運命は、悲しい結末を迎える事が決定した。


「コレが何か分からんでも、教えたる義理はあれせんわな。とにかくお前らは、勝つか死ぬかのどっちかしか選択肢がねぇぞ?次はまぁちょっと頭使って打てよ」


 継続して発破を吹っ掛ける俺の言葉を、二人は砂利でも噛んでいるかの様なツラで聞いていた。コンビ打ちとはいえ、一年やそこらでここまでの腕を上げたコイツらは、こんなにコケ下ろされた事がないんだろう。でもそれは、周りに強者がいなかっただけなのだ。その点俺と高桑は、博打好きの職人たちが長年かけて積み上げてきたロジックを叩き込まれた。参考にした教科書に、根本的な違いがある。

 それでもこの前、この二人に負けてしまったのは、俺が純粋に『麻雀』を打っていたからだ。不確定要素やランダム性の強い麻雀には、本来明確な勝ち方などない。しかし、俺と高桑が今打っているのは、麻雀ではない。『賭け事』だ。

 目的が金銭的なものである以上、負けは不利益になる。勝負するのであれば、金が増えなければ意味がない。それは、仕事だって同じだ。金払って仕事するヤツなんていないでしょ?働くなら、それに見合う報酬があって然るべきだ。

 逆に言えば報酬に見合う働きを、自分がしなければならない。先の半荘では、160万程の収入を得た。だがそれは、運否天賦に身を任せて舞い込んだ泡銭ではない。俺と高桑が必死に身に付けたワザと、目的を達成する為に一つ一つ築いた布石の結果だ。

 一回の半荘は、ドラマでありドキュメンタリーであり、サバイバルだ。勝つ為に、生き残る為に、懐を温める為に、東一局からオーラスまでの道のりの中で、シナリオを描き上げる。その完成度が、『報酬』という形で結果になるのだ。


 通常ならカウンターで行う清算作業を、店員が気を利かせてか、卓の上でやってくれた。俺のチップに156万と、高桑のチップに4万の貝が入金された。ホクホクな俺たちとは対照的に、成瀬兄弟は負債証明書が発行され、辛酸をガブ飲みしていた。

 この証明書は形だけの物ではなく、その情報はチップにも刻まれる。負債を払い終えるまでブラックリスト扱いになり、都の門を出る事が物理的に不可能になる。俺も前回、高桑に助けてもらっていなければこうなっていたのか…。


「あんずー、こっちこやぁッ」


「はーいッ」


 成瀬兄弟のチップに負債記録を入力している間を、束の間の休息時間として、あんずを傍らに呼んだ。トテトテと駆け寄ってくる彼女の顔は、ほんの少しの曇りが見えていた。自分に仕事が回ってこなかった事に、多少の憤りを感じているのだろう。悪い事しちゃったなぁ。

 あんずの機嫌と取り繕おうとしていると、その光景に目を丸くするアホ兄弟の姿があった。ギャラリーの中に俺たちの協力者がいた事を、今更ながら気づいた様だ。おそらくは今頃、あんずに手牌を覗かれていたと勘違いしてくれているだろう。

 だがあんずには、麻雀の『マ』の字くらいしか教えていない。卓上で何が起こっているか、彼女にはチンプンカンプンなのだ。あんずの頭なら、少しの手解きで麻雀を理解するのは苦じゃないだろう。しかし、俺は敢えて説明しなかった。余計な知識がない方が、イカサマの見張りに徹してくれると思ったからだ。


「もぉーッ、たくちゃんッ!アタシやる事なくて、ずぅーっとヒマだったんですけどッッ!」


「すまんすまん。相手がカスすぎてあんずに出番やれんかったんだて。でも、あんずにやってまいたい事ができたんだわ。ちょっと耳貸せ……」


 俺はあんずに一つのミッションを与えた。俺が描くシナリオは、次の半荘が終わった後も続いている。あんずの存在は、そのクライマックスを飾る演出に不可欠なのだ。

 新しい仕事を担ったあんずは、それを聞くとにこやかな顔を見せてくれた。その笑顔がかわいすぎて思わずチューしそうになったが、よく考えたら目の前に恋人を失ったばかりの高桑がいた。彼の手前、あんずとイチャコラするワケにないかない。何でこんな事に気を揉まにゃならんのか。ちょっと何とかしろよ、お前たち。


「おい…、拓也、勇輝…。次の半荘もレートは1pt貝8000でいいんだな…?」


 負債記録をチップに記された澄人が、こめかみをピクピクさせながら俺たちに声をかけた。相当ご立腹のご様子だ。ヤツらが熱くなればなる程、こちらの気持ちに余裕が生まれる。まぁ、ハナから余裕しかないけど。


「澄人ォ…ッ!『くん』を忘れとるがや。てめぇが俺らを呼び捨てにしてええ道理なんかどこにもねぇぞ…?立場弁えろよ、ク・ソ・ガ・キッ♡」


「……ッッ!!」


 俺と澄人の温度差がおかしかったのか、あんずは両手で口を押えながらクスクスを笑いを漏らしていた。お前らミコトで良かったな。相手がアヤカシだったらあんずにぶっ飛ばされてる所だぞ。

 成瀬兄弟は人望が薄いのか、このやり取りを耳にしたギャラリーたちも、蔑む様な笑いを彼らに向けていた。その状況が余計腹に立ったらしく、二人とも顔を真っ赤にして唇を噛みしめていた。でも、ここで取り乱さなかったのは流石と言うべきか、よく我慢したな。

 マチコの情報では、コイツらはゴロ巻に覚えがある様なので、俺たちやギャラリーに武力行使する可能性もあった。しかし、その行動は何の利益にもならない事をちゃんと分かっているみたいだ。ここが雀荘である以上、見返したいなら卓でケリを着けるしかない。それに、見張り役の自警団が一人いる。軽はずみは行動は控えた方が身の為だ。


「あぁ、そうそう。俺らが賭ける貝はさっきのレートのままで構わんよ。それから、お前らが賭けるこのカートリッジだけどな、10pt一発でええか??」


 未だにカートリッジが何なのか分かっていない二人は、俺が提案した条件を聞き入れてくれた。ヤツらの目に宿る闘志の炎は、まだ消えていない様だ。その事を嬉しく思いつつも、二人が迎える結末に多少の同情を抱いてしまった。

 でも、良く考えたら俺には関係ない事なので、数秒後にはどーでもよくなっちゃってた。

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