第165話壊し屋さん8

 手水政策を受けた時、遺体を残さない選択をした者は、この世界では『こっち側』、『不死(イモータル)』と呼ばれている。二一組の連中は、すべからく遺体を残していない。そんな二一組の自警団に向かって、緑は『殺す』と言った。

 こっち側が殺しても死なないのは、緑自身が俺に教えてくれた事だ。彼女の言動は、非の打ち所がない矛盾を生じてしまっている。しかし、そんな矛盾を覆して余りある力を持ったミコトが存在する。

 この世界には、常識や物理法則が通じない事が多々ある。ひーとんの御札で動く車やバイク、舌に刻めばテレパシーが使える緑のLSD、何度着ても洗っても型が崩れない桃子の衣服、死神を撃退できるヨシヒロの呪文……。そんな説明のつかない、ワケの分からない力を実現させたミコトを、この世界では『ミカド』と言う。

 その『ミカド』こそ、神に足り得る器を持った、本物の『神(ミコト)』なのだ。


 では、どうやったら殺しても死なないミコトを殺害できるのか。それにはもう一つの存在が不可欠だ。ミコトに付き従い、忠義を尽くす『アヤカシ』である。

 不死のミコトを殺す事は、いくらミカドと言えど不可能だ。しかし、ミコトと契約を交わしたアヤカシは主のミコトに命じられれば、不死だろうが二一組だろうが、その命を奪う事ができる。それは何も殺害に限った事ではない。アヤカシを連れていれば、ミコトのどんな願いも叶えられるのだ。アヤカシを都に入れてはいけない理由は、全てソコにある。


 自身の命脈が尽きた事を悟った自警団は、もう少しだけひーとんに甚振られた後、抵抗する素振りを見せなくなった。コイツが助かる道は、もうどこにもない。


「さぁて…、どうやって仏さんにしてやっかなぁッ。イナリはどー思う??」


「ここにはあのクサいネタが大量にある。ソレ使ったらどうだ??」


 ひーとんが破壊行為を働いたこのラボには、植物に染み込ませる前のスパイスの原液がバレル単位で保管してあった。スパイスの効能を左右するのは、この原液の濃度だ。宿直室でレシピを手に入れていた緑は、液状のスパイスを有効的に人体にブチ込む方法をいくつか考案した。

 先ずは口径摂取だ。わざわざ飲みやすい様に液体にしてくれていたので、一番手っ取り早いのがこの方法だ。次は静脈注射。もしドラッグとして楽しむのであれば、幾らか希釈するのが好ましいが、そんなまどろっこしい事やってられないので、100%ストレートでポンプした。最後に直腸注入。針を取り除いた注射器で、何回も何回も肛門へと注入を繰り返した。

 本来は、原液を染み込ませた植物片を燃やして煙を吸う様に作られたスパイスを、胃・血管・腸粘膜から大量に取り入れた事で、強制的なオーバードーズを余儀なくされた自警団は、白目を剥いて口から泡を吐き出した。彼の身体では一体何が起こっているのだろう。


「カカッッ!ひーとん、見ろよコイツッ。超ヤベェって!多分、直腸からのヤツが効いてんなぁッ!」


「うわぁ…。俺も一回こうなった事あるわ…。シャブシン使った時によ」


 シャブシンとは、覚せい剤入りのシンナーの事である。中坊相手の売人が一時期流行らせようと躍起になっていた。しかし、あまりの強さと味の悪さで流行る事はなかった。シャブの溶けたシンナーは、苦くてとても吸えたもんじゃないし、我慢して吸うと十割以上の確率で気絶する。確か死んだヤツもいたんじゃなかったかな。それに勝るとも劣らない地獄を味わっている自警団は、神経締めされた魚の様に、元気よく痙攣していた。

 ひーとんの口から懐かしい失敗作が出た事で何か思いついた緑は、持っていたシャブの半分ほどをスパイスの原液に投げ入れた。化学反応なのか、気泡を作りながら溶けて行くシャブは、スパイスの臭いをさらに酷いものに変えた。

 コレをブチ込んだら、確実に死ぬ。そう判断した緑は、先ほど彼にした三つの方法を、イナリに繰り返させた。


「イナリ…、分かってんな??」


「あぁ、わかってる。かくじつに…、殺すッッ!」


 既にスパイスを過剰摂取させられている自警団に、ダメ押しのシャブスパをイナリが与えている頃、その隣ではリュウジがひーとんと相談を始めていた。


「ひとし殿、貴殿が壊したあの二人はどうなさる??まだ生きている様だが…」


「あっ、そっか…。コイツら二一組だから俺にゃ殺せねーのか」


 彼らの会話を聞いていた緑は、視線をイナリが殺している自警団から離さずに、リュウジというアヤカシと契約を交わしたひーとんを囃し立てた。


「ひーとん、アンタこっち側のミコト殺した事ねーだろ。試しに命令してみろよッ」


 それはそれで楽しそうなんだけど、ひーとんはあまり乗り気じゃなかった。どうやらトドメは自分が刺したいと考えている様だ。しかし、それではどうやったって不死のミコトを殺せない。ひーとんは自分の我が儘とコウヘイくんの仇討を天秤にかけ、後者を優先とした。


「しゃーねーなぁッ!リュウジ、コイツら殺せるか?」


「お安い御用だ」


 主君から命を受けたリュウジは、転がっている二人の死にぞこないに手をかざした。すると、一度だけ辺りが眩く光り、次の瞬間には、二つの肉塊は消し炭となっていた。今のはおそらく稲光。天を拠り所にする龍は、イカヅチを使役する事ができる。

 元々暴力に自信があるひーとんと、存在自体が神に近いリュウジの組み合わせに、その場にいた緑は震え上がった。この二人ヤベェわ…。絶対敵に回さない様にしよう…。ってか反則じゃん…。そんな事を緑が考えていると、イナリによってシャブスパをブチ込まれた自警団の動きがピタリと止まった。

 彼らは、殺せないはずの二一組を三人も殺した。リュウジが味方に付いた事、緑がイナリを連れていた事、そして、ひーとんと緑が覚醒を経た『ミカド』だった事…。その全てが彼らの勝因であり、その全てがヤツらの敗因だった。


「なぁ、ひーとん。拓也のヤツにも教えておいた方がよかったんじゃね??アヤカシを使えば不死を殺せる事…」


「いらねーよ。今ちゃんなら自分でその答えに辿り着く…。俺にタイマンで勝つくれぇだかんなッ。悔しいけど認めるよ…。

 アイツは間違いなく………、


 『ミカド』の器だ…ッッ!!」

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