第164話壊し屋さん7

 リュウジという新しい仲間が加わったひーとんたちの元に、幾つかの足音が近づいている事を、そのリュウジともう一人のアヤカシ、イナリが気づいた。おそらく、商品を取りに来た自警団の連中だろう。その足音が通常の足の運びではない事は、入り口の扉を壊した自分たちが一番よく分かっている。ヤツらは一目散にラボへ駈け込んできた。


「これは何の騒ぎだッ!?」


 見たら分かるだろ。襲撃を受けてんだよ。その辺の危機管理のお粗末さは致命的だぞ。っていうか、お前ら来るの遅すぎ。一人でも二一組のメンバーを常駐させていれば、トラブルが降りかかった瞬間に、通信機能を使って連携を取れたはずなのだ。それをしなかったのは、完全にコイツらの落ち度だな。

 ラボの中には、作業員と管理職のミコトの死体が七つも転がっていた。その光景にも驚きを隠せてはいなかったが、それよりも問題なのは、囲っていた龍のもののけの姿が、ひーとんたちの傍らにある事だった。


「おいッ!!もののけッ!これはどういう事だッ!!何、侵入者に好き勝手やらせてんだッ!!」


「ワタシはここを守る様には言われていない。それに、貴殿らの指図はもう受けない。ワタシの主はたった今から、この『ひとし殿』だ」


 このやり取りから察するに、ここに出入りするミコトは、リュウジの事を単なる『モノ』としてしか扱っていなかったんだろう。そういう風に、驕り高ぶって大柄な態度を取るミコトを、ひーとんや緑は何人も見てきた。

 この世界でのミコトの位置づけは『神』なのかも知れないが、全てのミコトがその器に値するとは限らない。ハッキリ言って、ヒトやアヤカシを蔑ろにするミコトは、単なる『ジャリガキ』でしかないのだ。


「ひーとん…。ビンゴだわ。コイツらの顔、見覚えあるわァ……ッッ」


 どれだけシャブでヨレていようとも、ソレとの付き合い方を熟知している緑が言うなら間違いない。コイツらは、コウヘイくんの命を奪った連中だ。ひーとんと緑は、連中に対する恨みよりも、連中に会えた事の喜びで歪んだ笑顔を浮かべた。

 しかし、コイツらにとってコウヘイくんは、実験台の内の一人にしか過ぎず、自分たちに向けられた敵意の心当たりが全くなかった。でもひーとんたちには、そんな事関係ないのだ。


「あぁ…、本当だ。やっとコウヘイの弔いができんなぁ……ッッ」


 歪んだ笑みを名残らせながら般若の形相を装ったひーとんは、一人の自警団に詰め寄ると、その勢いのまま拳を振り下ろした。アンチマテリアル並の破壊力を誇示する彼のストレートを一身に浴びた自警団は、たった一発で顔面をグッチャグチャにされた。もう頭蓋は本来の形を成していない。

 どんなに攻撃を加えても、不死(イモータル)である二一組を殺す事は、ミコトにはできない。それをちゃんと分かっていながら、攻撃の手を止める気のないひーとんは、倒れ込んだ自警団に馬乗りになり、顔面を殴り続けた。

 首から上が『なめろう』みたいになっちゃった仲間を目の当たりにして、残りの自警団二人は吐き気を催した様だ。だが、他のミコトを実験台にするようなヤツに、この光景から目を背ける権利はない。お前らがやった事も、コレと変わらないのだから。

 破壊した頭部から精密機械の様なパーツがいくつも出てきて、漸く拳を降ろしたひーとんは、残りの二人にフォーカスを合わせた。ヤツらは反射的に逃げようとしたが、その思惑は簡単に打ち破られた。今の隙に、イナリが二人の足を縄で繋いでいたのだ。

 二人三脚を強制させられている事に気づいていないヤツらは、物の見事に一歩目で転倒した。自分たちに結ばれている縄を解く時間など与えられていない二人は、悠々と近づいてくるひーとんと緑に抵抗する術が何一つなかった。


「ひーとん、もう一人はくれてやるから好きにしなよ。私はもう一人をもらう…」


 緑がそう告げると、ひーとんは片割れの身体を思いっきり踏みつけた。90kg近い体重の怪力にストンピングされた身体は、胸骨と肋骨をバキバキにブチ折られ、折れた骨は五臓六腑を突き破った。血反吐と吐瀉物を撒き散らしながらのた打ち回る仲間に目を覆うもう一人は、涙と小便を垂れ流し、阿鼻叫喚が極まっていた。緑は、それが我慢ならなかった。

 お前らが作っている『スパイス』の中毒も、末期になればこんな風体になる。数多くのミコトをぶっ壊しておいて、自分たちがそうなったら泣いてビビるのかよ…。その道理はおかしいだろ。刺青の彫師になりたいと願った彼女は、施術される側がどれほどの痛みを伴うのかを知っていなければ、人に墨を彫る事はできないと考えていた。

 コイツらは、末期のスパイス中毒者が味わう苦痛を知りもしないでスパイスを売っている。その目的が何なのか、知りもしないし知りたくもないが、自分の信じる理から外れた者を許さない緑は、もう一人の自警団に『殺意』を向けた。


「今さらイモ引こうなんて考えるんじゃねぇぞ…。憎悪と憤怒を込めて『殺して』やる…。楽に死ねると思うなよ……ッ!」


 仲間二人がグチャ味噌にされた事と、緑に向けられた殺意を前に、残った一人は腰が抜けてしまっていた。既に抵抗する余裕など皆無だったコイツは、最後の力を振り絞り、命乞いを始めた。


「ま…ッ、ま…ッ、待ってくれぇ…ッッ!お、お、…ッお願いだぁッ……ッ!なんでも…ッ、なんでも言う事きくからッッ!!なんでもしますからァァッッ!!」


 その言葉が聞き捨てならなかったのか、脇で様子を窺っていたひーとんの怒りがドッカンターボの如く膨れ上がった。たった今、緑から『イモ引くな』と言われたばかりなのに、まぁだコイツは自分の置かれた状況を理解していない。ヤンキーは、物分りの悪いヤツが大っ嫌いなのだ。

 両手を着いて垂れる頭を、サッカーボールの様に蹴り上げたひーとんは、直前に摂取していたメタンフェタミンの恩恵からか、髪を逆立てていた。金髪だったら伝説の戦士やぞ。


「まぁまぁ、落ち着けってひーとん。

 おい、てめぇ。今なんでもするって言ったよなぁ。じゃあ、死んでくれよ…。そしたら許してやる♡」


 緑の台詞に、慈悲を与えるつもりなど塵一つもないのだと悟った自警団の瞳から、ハイライトが失われた。

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