第159話バクチ稼業6

「はい。ツモ。ピンツモ、900オール」


「はい。ツモ。30符4ハン、4200オール」


 起家の高桑は順調に点棒を稼ぎ、東一局は本場数を積み重ねていた。しかし、これはあまり良くない流れだ。このままだと、高桑以外が箱割れになってしまう。効率的に貝を分捕るなら、オーラスまで勝負を引き延ばさなければならない。ここらで高桑にブレーキをかけておこう。


「高桑、走りすぎ。俺の点棒もなくなってまうがや。ちょっとは考えろ」


「分かっとるわッ!ほんじゃ、この局は流すでテンパイだけ作っとけ」


 俺たちの会話通りに、東一局はここで流局した。直人以外の三人はテンパイしていて、3000点分のノーテン罰符を直人が支払った。現時点でのそれぞれの点棒は、高桑:83,600、直人:2,800、澄人:6,800、俺:6,800。

 高桑の一人勝ち状態だが、それよりも直人が虫の息なのが心配だ。オーラスまで持ち堪えられるかなぁ。次は直人の親だし、ちょっと点棒分けてあげよう。俺がハコにならない程度に。


「す…、澄人…。アイツらが何やってるか分かるか…??」


「いや…、全く分かんねぇ…。積み込みじゃないにしても、俺の山から始める意味が理解できねぇ…」


 東一局の終了と共に始まった洗牌の最中、直人と澄人がそんな会話を広げていた。そして、言葉尻に何やら悪巧みの相談をしていたのを、俺たちは聞き逃さなかった。こりゃ、コイツら積み込むなぁ。そう悟った俺と高桑は、『絶半分』のバリエーションの中から、この状況に合ったパターンで壁牌を積んだ。

 東二局の親、直人が配牌のサイコロを振り、ピンゾロの『二』を出した瞬間、俺と高桑は同時に手を上げた。イカサマが発覚したので、中立の立場である店員を卓に呼ぶ為だ。


「は…、はいッッ!一時中断ですッ!牌に触らないでくださいッッ!」


 ドラ表示牌すら開けられていない状態の卓に店員が駆けつけ、俺たちはクソ兄弟がやったイカサマを暴く試みを始めた。


「店員さん、直人に配られる牌だけよけてくれん?その14牌の中身を当てたら、コイツらが積み込みした証拠になるでしょ??」


「は、はい。では、直人さんの手牌になる14牌を開けますので、中身を予想してください」


「俺ちょっと最後の牌が自信ないもんで、高桑やってくれん??」


 俺たちの予想では、配牌の段階で直人の手牌は『四暗刻』のテンパイだと確信していた。そこまでやっておいて、『天和』でないのは、それをやると澄人まで飛ばしてしまうからだ。つまり、ヤツらの思惑は、高桑に振り込ませる事だ。そもそもそんなものには振り込まないし、バレバレの作戦に付き合ってやる義理もない。

 予想した牌を高桑が店員に伝え、その確認作業をしている正にその時、俺はえらい事に気づいてしまった。


「ちょッ!いかんわッ!!ストップ、ストップ!!!」


 あと一秒気づくのが遅かったら、面倒くさい事になっていた。ヤツらの積み込みを立証してしまったら、その時点でチョンボの8000点を支払えないコイツらの箱が割れてしまう。別に、一回清算して新しく半荘を始めればいいだけなのだが、一回の半荘でヤツらを文無しにする予定でいたので、それを覆すとなると手間が増えてしまう。賭け事以外でも、効率的な仕事の進め方を職校で叩き込まれた俺たちは、二度手間がイヤでイヤで仕方ないのだ。

 俺のシャウトでその事に気づいた高桑も、急に態度を改めた。


「店員さん、やっぱ俺らの勘違いだったわ。チョンボとして8000点置くね」


 これで形式上、クソ兄弟の疑いは晴れた事になるが、ヤツらからすると積み込みを暴かれた事実に変わりはない。何故俺たちがその解答に辿り着けたのか、不思議でしょうがないだろうな。しかし、それには歴とした理由がある。

 この局で俺たちが使った絶半分では、相手が積む68牌の中で成立する一番高い手は、一通りしかないのだ。点差の危機から、ヤツらが四暗刻を狙ってくるのは火を見るより明らかだった。そこに漬け込んで、『そうする様に』俺たちが仕掛けたのだ。


「テメェら、一体なにやってんだよ…。一体なにが起こってんだよ…ッ」


 おぅおぅ。東二局でもう弱音吐いちゃうの?もうちょっと根性見せろよ。まだ始まったばっかだぞ?

 まぁ、こっからは少し大人しい展開になるし、じっくり俺たちの打ち方を研究してくれ。何ならヒントくれてやってもいいぞ。それでも理解は無理だろうけど。

 今ので積み込みは不可能だと察したのか、それ以降ヤツらは積み込む素振りを見せなかった。おそらく勝負は南入りしてからだと踏んでいるのだろう。それならそれで、ヤツらのノリに合わせてやってもいいかな。

 俺たちは絶半分を続けながら、この二人がこれからどう打つのかを観察する事にした。……が、それは余りにも退屈だった。だってコイツら、イカサマ麻雀の教科書の1ページ目に書いてある事しかやってないんだもん。俺、こんなヤツらに負けたの?やだもー。


「拓也。直人テンパッてんぞ。リャン・ウーpだ。振り込むなよ」


「そこまで分かっとんならお前が振り込んでやりゃーええがや。直人虫の息なんやぞ」


 本当ならこういう事は口に出さないもんだが、俺たちは平気で言う。あえて言う。そうすると相手がアタフタするから、それを見るのも一興なのだ。向こうは良い心持ちしないだろうけど、これも心理戦の一環だから、読まれる方が悪いのだ。

 尽く当り牌を読まれた直人の混乱は、河に如実に表れていた。もうメチャクチャだよ。見るに堪えなくなったのか、高桑は深い溜息を吐きながら、自らが予想していた当り牌を振り込んだ。


「ロ…、ロンッ!ピンフのみ、1800点…」


「はあああぁぁぁぁぁ~~~ッッ!!っしょーもなッ。ホラよ、2000点。お釣り200もらえる?あと、チョンボの8000点も持ってけ…」


 これで直人の点棒は首の皮一枚から大きく回復したが、得た点棒よりも打ち筋を読まれた損失の方がデカかったのか、直人も澄人も額に縦線を滲ませていた。戦意喪失してる場合じゃねーぞ。本当に度肝抜かれるのは、こっからなんだからよ。

 目に物見せてやるから、今の内に目ん玉アイボンで洗っとけ。

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