第160話バクチ稼業7
現在の点棒状況は、高桑:73,800、直人:12,600、澄人:6,800、俺:6,800。虫の息だった直人の点棒も回復し、これならオーラスまで試合を持っていけるだろう、と俺たちは安堵した。本当は、ヤツら二人をヤキトリにしてやるつもりだったが、高桑が無意味なスタートダッシュをかましやがったせいで、直人に慈悲を与えてしまった。
東二局は連荘するが、もうヤツらが手牌を開ける事はないだろう。という事は、澄人をヤキトリにできるなぁ。よし、この半荘が終わったら、存分にバカにしてやろっと。
そういうちょっとした心理的報復を企んでいる俺よりも、相方の高桑の方が先にヤツらに対する恨みを晴らそうとしていた。
100点棒を二本積んだ東二局が中盤に差し掛かった時、高桑は俺に話しかけてきた。
「拓也、イー・スーsある??イーs高目…」
「……、持っとるよ」
不自然を感じさせない程度に、彼の質問に答えたが、既に彼の欲しがっていた牌は渡した後だった。俺たちが使う『絶半分』は、必ずしも欲しい牌が自分の所に来るとは限らない。誰かが鳴けば、ツモがずれる。手変わりする事も選択肢の一つだが、目指していた役に拘る場合は、本来高桑がツモるはずだった牌と彼が欲する牌を、俺がすり替える。
高桑があえて欲しい牌を宣言する事で、相手の注意を引きつけたのは、イカサマがこれから行われると思わせるブラフなのだ。
この時点で高桑の手はテンパイしていたが、クソ兄弟はその事に気づいていない。これまで彼に良い様に上がられ続けていたヤツらは、牌のすり替えが行われる前に、危険牌の処理を試みた。しかし、『ソレ』こそが高桑の狙いなのだ。
その罠にまんまとかかった直人は、無防備にサンmを切った。
「あ~ぁ。残念ッ。ソレ、ロンッ!」
高桑が上がった手は、純チャン三色の5ハン、満貫(二本場:8,600)だった。せっかく回復した直人の点棒は、また虫の息になった。だから首の皮一枚残すのやめろって。この半荘が終わっちゃうだろうが。
まぁ、そこを分からずにやる程、高桑はバカじゃない。絶命させないギリギリのラインで、ゲームを作り上げていく。
「直人ぉ…。お前の頭ん中はクソでも詰まっとんのか?俺言ったがや、『イーs高目』って。だったら警戒すんのは、イッツーか三色かだ。俺の河見りゃ、ソウズの染めじゃない事ぐれぇ分からんか??
どーやったらサンmを捨てるなんて間違いに辿り着くんだ。もうちょっと考えて打てや。クズが」
あぁ…。高桑のヤツ、試合前にみゆきちゃんを侮辱された事を密かに怒ってたんだなぁ。だってこの揺さ振りは別に必須じゃない。それに直人たちからしたら、それ以前の話しだと思うぞ。『何でもうテンパッてんだよ』って。
俺たちのブラフを見抜けなかったのは向こうの落ち度だが、直人だって考えなしに打っているワケではない。高桑が言う、三色を警戒したからこそ、早めに当たり牌を切る決断に至ったのだ。だが、それでは高桑に勝てない。直人がサンmを持っている事も、サンmが浮く事も、彼には筒抜けだったのだ。
イカサマも上がりも阻止された上に、放銃まで誘導されている現実は、ヤツらにとって悪夢と言っても過言じゃないだろう。可哀想なのは、その悪夢がまだ1/4しか終わってない事だ。俺がもし逆の立場だったら、武力行使して勝負を有耶無耶にするかも知れない。しかし、見張りの自警団が一人いる事で、ヤツらはソレすらもできない状況にあるのだ。
東場も折り返しを迎える頃、成瀬兄弟の焦りは視線に表れていて、俺たちの手牌を覗く店員に鋭い眼光を向けていた。俺たちの手牌が把握できれば、もっと違う試合運びになったかも知れないが、そうさせない為に、俺も高桑も理牌をしていなかった。それだけではなく、無意味に牌を並び変えたり、何枚か伏せておいたり、対策はバッチリなのだ。たったそれだけで不利になるとか、コイツらどんなけ店員頼りしてたんだよ。俺はこんなヤツらに負けたのか。やだもー。
逆に俺たちの見張り番であるあんずは、出番が全くなく、退屈そうにしている。本当はもっとヤツらのイカサマを現行犯で取り締まりたかったが、高桑が無駄に張り切ったせいで、彼女の面目は潰れてしまっていたのだ。これじゃ、あんまりあんずが可哀想だから、二回目の半荘は存分にイカサマをやってもらおう。この半荘でヤツらを文無しにできれば、その次は箱割れを気にしなくて済む。
「拓也、気ぃ抜くなよ。コイツらがどーしようもねぇヘボ雀士だとしても、まだこの半荘でやらなかん大仕事が残っとんだで」
「分かっとるって。お前、今何点持っとる??」
「82400。あと11600集めなかん」
って事は、次の高桑の親で、30符4ハンをツモらせればいいんだな。残りの東場は流すとしても、直人にはノーテン罰符を払わせられない。こうなったら、俺と高桑で少ない点数をやり取りするしかねーなぁ。
東三局が始まると、俺は速攻で安い手を作り、高桑に振り込ませた。
「ロン。ピンのみ、1000点」
「ほいよ」
澄人の親はあっと言う間に流され、砂利を噛んでいる様なツラを俺に見せた。そんなに怒るなって。次の半荘はもっと楽しませてあげるから。
そうやって俺が心中でヤツらを見下すと、それを察して高桑が釘を刺す。俺の考えている事は、彼にはお見通しの様で、相手を舐めて痛い目を見た試しが一度や二度ではないので、高桑から『頼むからゲームに集中してくれ』と、耳にタコができるほど聞かされたのだ。でも、その癖は今も治っていない。
そんな高桑の心配を他所に、東四局が始まって間もなく、先ほどのリプレイかの様に安い点棒をやり取りし、場は南入りした。
親の30符4ハンをツモらせるには、暗刻を一組入れたチャンタの手が一番手っ取り早い。そこにドラが一個乗ってれば完璧だ。
その様に仕込んだ壁牌を作り、高桑がサイコロを振ると、東場では出さなかった『自五』の目を出した。配牌時に既にテンパッていた高桑はリーチをかけず、頃合いを見計らって、彼がツモる牌と当り牌を俺がすり替える。
「はい、ツモ。チャンタ・ツモ・ドラ1。3900オール」
これで必要な分の点棒が高桑に集まった。最後の大仕事の段取りが全て終わり、後はオーラスを迎えるだけになった。その前に南二局と三局を消化しなければならない。俺たちはまた、安い早上がりで1000点棒を行き来させ、ヤツらの親をすっ飛ばした。
二人して焦燥と緊張と畏怖の感情が滲んだ顔は、双子なだけに全く同じだった。注意してないと、どっちがどっちか分からなくなる。まぁ、どっちがどっちでもいいんだけど。
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