第158話バクチ稼業5

「かーえーれッ!!かーえーれッ!!かーえーれッ!!」


 ギャラリーの自警団に対する『帰れ』コールが雀荘中に轟き、自警団は面目丸潰れだった。元々、自警団というか二一組に良い印象を持ち合わせていない二〇組のミコトたちは、ヤツらに楽しみを奪われる事など、到底認可できないのだ。

 立場を失ってしまった自警団は、苦肉の妥協案で見張りの一人を置いて姿を消した。その見張り役にも、ゲームに干渉しない約束を取り付けた。これで漸く舞台が整いつつあったが、まだ取り決めなければならない事がある。

 俺たちは雀荘の店員を卓に呼び、レートやルールの設定をした。とは言っても、名目としては、格下の俺たちが成瀬兄弟に勝負を挑む形になるので、その辺の決定権は俺たちにある。それがこの雀荘のルールだ。


「で、では、レートとウマはどうされますか?」


「レートは1pt貝8000。ウマはゴットー(5-10)にしてぇんだけど、ええか?」


 この雀荘で推奨しているレートは、1pt貝100が相場だ。俺たちが設けたレートはそれの80倍にもなる。この数字は、テキトーに決めたワケではなく、クソ兄弟の資産から割り出した数字であり、俺たちの計算では一回の半荘でヤツらを文無しにできる。

 ムチャクチャなレートではあるが、格下からの提案であれば、格上はそれを受けなければならない。それに、俺と高桑の資産、成瀬兄弟の資産ならば、そのレートでも支払いは無理じゃない。ヤツらからしても、この80倍レートは魅力的に感じるだろう。だって、負けたらウマだけでも80000の貝が吹っ飛ぶのだ。ハイリスクハイリターンは、バクチ打ちの血を熱くする。


「レートとウマはそれで構いません。細かいルールのご指定はありますか?」


「基本的なルールでええけど、もしこのゲームでイカサマが発覚したら、チョンボ扱いで場に8000点置く。一本積んで同じ親の連荘にして欲しいんだわ」


「かしこまりました。澄人さん、直人さんもそれでよろしいですか?」


「それでいいよ」


 取り決めは滞りなく済み、いよいよ俺たちの勝負が始まろうとしていた。高額のレートを設けた事で、野次馬たちのボルテージも上がり、雀荘内のグルーヴは最高潮に達した。


「では、仮親の高桑さんから親決めのサイコロを振ってスタートしてください」


「「「うおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉッッッッ!!!」」」


 盛り上げてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと喧しすぎるぞ。ある程度のギャラリーは予想してたが、あまりの野次馬の多さに集中力を絶たれないか少し不安だった。しかし、高桑がサイコロを投げた途端、ゲームが始まった実感が沸き、それまでの喧噪はパタリと聞こえなくなった。


 俺たちの作戦は、席決めの時から始まっている。初っ端で高桑を東家に座らせたのは、彼を起家にしたかったからだ。親決めのサイコロを振る高桑は、『五か九』の目を出さなければならない。おもむろに投げられたサイコロの目は、四・五の『九』だった。

 無事に起家が高桑に決まり、卓上では洗牌が始まった。牌をよく混ぜながらも、この時点で積み込みの作業は開始されている。

 俺と高桑は牌を混ぜる動作に隠れて、互いに欲しい牌を受け渡し、壁牌を作り上げていく。普通の積み込みであれば、配牌時に良い手が来る様に牌を偏らせるが、俺たちがやる積み込みは山を暴かれたとしても、不正を疑われる事はない。バラッバラの状態なのだ。

 それぞれの山を積み上げ、高桑が配牌のサイコロを振る。この時、彼が出さなければならない目は『三』だ。二つのサイコロの目が『三』になる確率は2/36、5.6%以下だ。その薄い確率を物ともせず、高桑は一・二の『三』を出した。

 何故『三』の目を出すかというと、配牌を対面の山から始めたいからだ。今回の場合は、澄人の山からのスタートになる。そうすれば開局まもなくして、相手が積んだ山の殆どが開けられる。そして、俺たちは自分たちが積んだ牌の配置を全て把握している。それこそが、職校の先輩から受け継いだ『絶半分』というワザなのだ。

 俺と高桑の二人が積んだ牌は、合計で68牌。それに配牌で手元に来た牌が、二人で27牌。配牌時には、都合96牌が既に開けられた事になる。卓上にある牌は全部で136牌。つまり、残りの40牌の中から、相手の手配を予想する事ができるのだ。あとはゲームの中で、何を切るかで、ソイツがどんな役の形を目指しているのか読み解く事も可能だ。

 しかし、それも『絶半分』の副産物にしかすぎず、本当の目的は、積んだ牌を把握する事で可能になる『未来予知』だ。局が進み、自分たちの山に入れば、次に誰が何をツモるかが白日の下に晒されるのだ。


「アホみたいなレートふっかけてきたから何かすんのかと思ってたけど、案外大人しく打つんだねぇ」


「何か身構えたのがバカみたいだよ」


 コイツらはまだ、未来が俺たちに握られている事に気づいていない。まぁ、仮に気づいた所で、『絶半分』を阻止するのは不可能に近い。俺たちはこのまま終局まで絶半分を続けるが、牌の配置は一通りだけではない。この積み込みは、ある法則に則って並べられているので、色々なパターンがあるのだ。俺と高桑は、全部で8パターンのバリエーションを使い分ける。それを一回や二回の半荘で解読するなど、神でもない限り土台無理な話だ。

 そして、この卓上の未来を手中に収めている俺たちこそが、この卓上の『神』なのだ。


「はい。ツモ。親ッパネで6000オール」


 絶半分の怖い所は、裏目る事が殆どない事だ。この後自分が何をツモるか分かっていれば、上がりまでの道のりを最短ルートで進めるし、手を強くする事も手変わりする事も難しくない。加えて、高桑の天性の才である『読み』の力で、相手の上がりを潰すのも容易い。

 クソ兄弟は、符丁を使って『通し』を行っていたが、上がれなければ無用の長物にすらならない。っていうか、コイツらの符丁バレバレでこっちに情報ダダ漏れなんだけど。もちろん俺たちにも通しは必要だが、別に声に出して言わないでも、河で会話できるんだよなぁ。


「はい。ツモ。親倍で8100オール」


 立て続けに高い手をツモった高桑は、もう一本積み、東一局は二本場に突入した。

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